光にあふれた輝く場所には必
ず影があり、明るい分その影
は濃く、深く、印象的です。
4日目の夜、私は1人の男性に
会っていました。夕食に行く
時に気づき、食事中もずっと
気になり、食後にホテルへ戻
る途中に、声をかけました。
「大丈夫?」
彼はこの非常口の隙間に座る
ような寝転ぶような、長身を
折り曲げながら、不自由そう
に、隠れるようにいました。
突然声をかけてきたアジア人
女性にちょっと驚いたようで
したが、すぐに海の底のよう
に沈んだ顔にホッとした表情
が浮かび上がってきました。
「ホームレスです。
どんな支援でも助かります」
彼の脇の段ボールに丁寧に書
いたメッセージがあります。
食事に行く前に気づき、メッ
セージを受け取りました。
彼は白人の40代と思しき中年
男性で、胸に社名の入ったポ
ロシャツを着ていて、つい最
近まで働いていたのに、何か
の事情で思いがけず急にホー
ムレスになったのでしょう。
身綺麗さ、態度のぎこちなさ
に、事に直面して日が浅いこ
とがわかり目を引きました。
周囲にはアルコールかドラッ
クか、両方かでハイになった
若い連中が奇声を発しながら
数人でウロウロしています。
まだ明るく早い時間で店も開
いており人通りもあるので、
物騒ではありませんでしたが
店が閉まって人気(ひとけ)が
なくなれば危険そうでした。
私の「大丈夫?」という問い
かけの意味を察してか、彼は
「大丈夫。夜はここにはいな
い。もっと安全な所にいるよ」
と、周囲に目配りしながら小
声で言い、声をかけられたの
が明らかに嬉しそうでした。
彼の精神的負担が軽くなるの
であればと思い、NZからの
旅行者で街の人間ではない、
ただの通りすがりと伝えると
「僕はクレイグだ。」
と名乗りました。地元の男同
士だったら、このまま一緒に
飲みにでも行けそうでした。
私が手持ちの10ドル札をサッ
と渡すと、パッと受け取り、
「助かるよ。これだけあれば
明日ここに来なくていい。」
と、小さく安堵しました。
1000円ほどの少額とはいえ、
受け渡しを誰かが見ていたか
もしれないのをお互い察し、
「気をつけてね」
「ありがとう」
と短く挨拶して別れました。
「1日10ドル必要なら」と、5
日目の最終日の夜は70ドルを
手に同じ場所を訪ねました。
どうでもいいおみやげを買う
ぐらいなら、彼に託して役立
ててもらおうと思いました。
1週間あればなんとかなる
強く念じてやって来ました。
クレイグはいませんでした。
(※写真はその時撮りました)
「明日ここに来なくていい」
という、言葉どおりでした。
その後、彼がどうなったのか
知る由もありませんが、コロ
ナ前の景気がいい間に仕事を
見つけるなり、国の支援を受
けるなりして、とっくに立ち
直っていたと信じましょう。
「どんな支援でも助かります」
という彼の素直なメッセージ
は、真摯で潔いものでした。
正直者はバカを見ない
私はそう信じています。
みことさんに出会えて、彼は幸せでした。いくら気候が良いとはいえ、先立つものがなければどうにもなりませんから。
みことさんも、月並みなお土産よりずっと素晴らしい、心のおみやげを得ることができましたね。
お仰るとおりですね。
今でも青いポロシャツを着て、不自由そうに不安気に座っていた姿が目に浮かびます。
今頃は落ち着いていることを心から願っています。