ニョニョのひとりごと

バイリンガルで詩とコラムを綴っています

11・20 写真で見る「火曜日行動」29回目

2012-11-20 21:36:10 | 火曜日
 今日はいつもより10分ほど早く家を出ました。大阪城公園の紅葉を楽しみたかったからです。













 先週よりずいぶん赤くなり枯葉が一杯落ちてじゅうたんの様でした。



 大阪府庁の前の信号に着きました。紅葉を見てせっかく癒されたのに、急に腹が立ってきました。

 いつもの場所に行くとすでに長崎さんや大村さんが来ていて、風邪は大丈夫かと心配してくれました。

 あれだけ楽しみにしていた「モアコンサート」にも行かなかったので、よほどひどかったのかと心配されたのでしょう。

 みなさん、心配かけてごめんなさいね。もう大丈夫です。







 今日も大勢の日、朝、韓の仲間たちが要請行動を行いました。





































 大村さんは、大きな声ではきはきとマイクアピールをされ、みんなに力をくれました。

 今日は咳を防止するためマイクアピールは遠慮しました。





 まだ芙蓉が少し残っていました。

 今日は風邪をうつすといけないのでハルモニ宅の訪問はやめることにしました。







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明日は嫁いで42年目の日です。

2012-11-20 20:54:24 | 日記


 明日は私がお嫁に行った日からちょうど42年目の日です。

 23歳になってすぐに嫁いだ私は、料理も何もできないダメ娘でした。

 学校を卒業した次の日から、朝から晩まで歌舞団の仕事に夢中だった私は、

花嫁修業どころか味噌汁1杯作ったことがありませんでした。貧乏貴族とはよく言ったものです。 

失敗談をひとつ、ふたつ┅ (笑ってくださいね。)



 嫁いですぐ寒い冬がやってきました。

 夫より先に家に着いたのですが、ストーブはあっても灯油を自分で扱ったことのなかった私は、

ストーブの前で毛布にくるまり凍えていました。

 仕事先から帰った夫は、私の姿を見てびっくりして、どうしたのかと聞きました。

私が灯油を入れたことがないからストーブをつけることが出来なかったというと、あきれ返って

「本当か」と何回も聞くではありませんか、

「だから、お嫁に行く前に、何もできないけど本当に良いのかと何回も聞いたでしょう」というと

「騙された、まさか本当に何もできないとは夢にも思っていなかった」と嘆かれました。



 もう一つ、結婚して初めて歌舞団の友人たちを家に招待した時のことです。

 ほとんど、お店から買ってきたもので間に合いましたが、一つぐらい自分で作ろうと思って冷凍の牡蠣を買ってきました。

すべて下準備は出来ているものなので、自分の手でフライを揚げるだけです。油の温度とかまったく適当です。

外目で見ればとても美味しそうなきつね色に出来上がりました。野菜をたっぷり大皿に盛ってカキフライを出しました。

我ながら、やればできるじゃんなんて思っていました。

 ところが口に入れてもうびっくり!外目はきれいなのに中身は冷たいままではありませんか!

一人の後輩からは次の日、腹痛が起きたとぼやかれました。

 今でこそ、冷蔵庫の中にある残り物の材料をアレンジして適当に何でも作れるようになりましたが、

それは41年という歳月のおかげでしょう。

 山あり、谷ありの41年でしたが、穏やかに過ごせたのは夫のおかげです。

 昨年、結婚40周年を迎え、生まれて初めて夫の詩を書きました。

 再掲載いたします。



 
「心の調べ」
         

後片付けをやっと終え
ほっと一息ついたとき
隣の部屋から流れる フルートの調べ

異郷の一日がおわり
油まみれの作業着を脱げば
フルートがあなたを待っています

よどんだ心を 洗い流し
そっと やすらぎをくれる
湖水のように清らかなその音色

やりかけの仕事を残したまま
うたた寝してしまったとき
夢の国に連れてってくれた穏やかな調べ

故郷を想うようにウリハッキョを詠む時
いつも支えてくれた フルートの調べ
ニ重奏になりこだました心のハ―モニ― 

数え切れないほどの長い年月
たゆみなく流れつづけた調べ
人生の足跡が深く刻まれた音色です

嬉しいときも 辛いときも
しみじみと胸に響く恋しい調べ
やさしく包んでくれた 心の音です

聞くほどに 湧き出る ちから
迷ったとき そっと背中を押してくれた
この世にふたつとない 心の調べです

   -共に40年―

   2011・11・21




 「마음의 소리」
          

설겆이랑 잡일 다 끝내고
밥상앞에서 한숨 돌릴 때
옆방에서 울려오는 흘류트소리

이역의 하루해가 저물고
기름 베인 작업복을 벗고 나며는
흘류트가 그대를 맞아줍니다

어지러워진 가슴 곱게 씻어주고
언제나 내 마음속에 편안을 주는
호수처럼 맑은 그 소리

글을 쓰다가 저도 모르게 
쪽잠 들었을 땐
꿈나라로 이끌어준 은은한 울림

고향같은 우리 학교 노래할 때엔
랑송을 떠받들어준 정다운 소리
2중주되여 울려퍼진 마음의 화음

하루이틀도 아닌 사십년 세월
한시도 떠나본적 없는 소리입니다 
삶의 흔적이 깊숙이 새겨진 음향 

기쁠 때나 괴로울 때나
백마디 말보다 더 뜨겁게
포근히 안아준 소리입니다 

들으면 들을수록 힘이 나는 소리
생의 고비고비 살며시 등을 밀어준 
세상 둘도 없는 마음의 소리입니다

  -더불어 40년-
   
   2011・11・21  

コメント (6)
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11月23日、母校ー大阪朝鮮高級学校において創立60周年記念イベントが行われます。

2012-11-19 20:26:40 | 詩・コラム

 来る11月23日10時より大阪朝鮮高級学校において、創立60周年記念イベントが行われます。

 同胞の皆さんも、日本の皆さんも是非お越しくださり楽しい1日を過ごしましょう。

 記念式典、文化公演、品ぞろえの売店の数々、のど自慢大会、農楽、大抽選会と盛りだくさんです。 

 10年前母校の創立50周年を祝い母校に贈った詩を再掲いたします。



 「 出発の日に 」

        
学校よ
愛する 私の学校よ

祖国の日差しを たっぷり受け
同胞達の 至誠で 建ち
燦然と 光を放つ
大阪朝鮮高級学校よ

歳月はとめどなく流れたけれど
あなたを忘れることが出来なかったのは
あなたの歩んできた半世紀の道のりが
輝かしいだけでは 無かったから

すっかり 忘れていた
幸せに浸っていたときは

だけど 私の母校よ
人生の節々
私が一番涙した いばらの道で
どれほどあなたを捜し求めた事か

ウリマルを守り 堂々と生きなさいと
手を取り 導いて下さった 恩師達
明日を信じて生きようと誓った 学友達
きびしい批判も 懐かしい思い出

祖国をもっと良く知ろうと
夜明けまで本を手にした満ち足りた日々
祖国に繋がった自分の未来について
時を忘れ 議論しあった日々

サマースクールで訪ねた分会で
生れて初めてウリマルを教えた日
きらきら輝いていた子供達の瞳が
教えてくれた 私の生きる道を

たしかに その日だった
孫のような学生達と談笑しながら
ウリマル、ウリ文字を教える
幸せな 私の今日が 始まったのは

あなたの 暖かい懐があったから
冷たく荒々しい雨風が
進む道をふさぎ 邪魔立てしょうとも
突き進んでこれた 恐れをも知らず

つらいときも 楽しいときも
いつでも 私が帰れるところ
あなたは 恋しい ふるさとの家
私達みんなの 永遠の出発点

再出発をしよう 
ここはまさしく 私達が巣立った麓
私達の明日が 始まるところ
数千数万 後代たちの
未来を切り開く 出発点なのだ

        2002年作(2011年訳)

(大阪朝鮮高級学校創立50周年に際し)
 






  「출발의 날에」
           

학교여
사랑하는 나의 학교여

조국의 해살 담뿍 받으며
동포들의 지성으로 층층이 솟아
찬연한 빛을 뿌리는 
오사까조고여

내 머리에 흰 서리 내렸어도
그 언제나 그대를 잊을수 없음은
반백년의 그대 력사가 
눈부시기때문만은 결코 아니여라

행복속에만 잠겨있을 땐
까마득히 잊었어라

허나 나의 모교여
내 인생의 갈피갈피
가장 눈물 나던 고비고비에
얼마나 애타게 그대 품을 찾았던가

우리 말 지키며 굳세게 살아가라고
손 잡아 이끌어주신 고마운 스승들
래일을 안고 살자 약속했던 학우들
따끔한 비판도 그립기만 하누나

조국을 하나라도 더 알자고
밤 새우며 공부하던 흡족한 나날
조국과 이어진 자신의 미래를 두고
시간 가는줄 모르게 토론한 나날들 

하기선전대로 묵은 분회사무실에서
난생처음 우리 말 배워준 날
반짝반짝 빛나던 아이들의 눈동자가 
내 갈 길 똑똑히 깨우쳐주었거니

정녕 그날이였구나
손자같은 학생들과 마주보고 웃으며
우리 말 우리 글 익혀주는 
보람찬 나의 오늘이 시작된것은

그대 품이 있었기때문이여라
모질고 사나운 비바람이
가는 길 막아서며 아우성쳐도
두려움 모르고 나아갈수 있었음은

어려울 때나 기쁠 때나
그 언제나 내 돌아갈 곳 있나니
그대는 나의 정다운 고향집
우리모두의 영원한 출발점

새 출발을 하자 쫄업생들이여
여기는 바로 우리가 떠나간 첫기슭
우리들의 래일이 시작되는 곳
수천수만 우리 후대들의 
미래를 펼치여갈 출발점이여라
           
   2002년

-오사까조선고급학교창립 
    50돐에 즈음하여-

 
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生まれて初めて食用菊でおひたしを作りました。

2012-11-19 00:00:36 | 日記






 青森の生まれ故郷―碇ヶ関を訪ねて早や1年と4か月が過ぎました。

 4~5日前、生まれ故郷の友人から送られてきた食用菊で生まれて初めておひたしを作って食べました。





 青森の蜜がたっぷり入った津軽リンゴを食べ、食用菊を食べ、青森で取れたどくだみ茶を沸かして飲んでいるとふと三笠山や平川が浮かびました。恋しいです。














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11月18日東成区民センター大ホールにて「朝鮮舞踊発表会」が行われました。

2012-11-18 17:24:14 | 日記
 11月18日午前10時半から11時40分まで、東成区民センター大ホールにて「朝鮮舞踊発表会」が行われました。

 毎年11月に「大阪朝鮮学生芸術祭」が行われるのですが今年は11月23日に大阪朝高創立60周年を祝って、

 大阪のすべての生徒たちが記念公演に出演するため今年は芸術祭を見送ったのです。

 毎年行われていた芸術祭だったので残念に思った有志が今回の公演を企画しました。

 中心になった舞踊の先生が大阪のすべての学校に連絡をしたのですが、一番忙しい時期なので、

 やむなく断念したため3校のみの出演になりました。

 友情出演として今年評価の高かった、京都の第2初級の舞踊部の皆さんが参加し,

又大阪の歌舞団舞踊部が賛助出演してくれました。

 ただのデジカメで遠くから撮っているので、画像の質の悪いのはご了承くださり雰囲気だけ味わってくださいね。



 初めにプログラムを載せますので、写真だけをアップいたします。プログラムの順序通り行われたのでお楽しみください。

                           

 大阪朝高の群舞です。若い教員にバトンタッチされましたが、年々水準を高めています。













 東大阪中級の重舞①







 大阪第4初級の重舞














 東中の重舞②
















 東中の重舞③ 創作舞 (若い先生である教え子が創作しました。)















 歌舞団登場です。白佳実さん。素晴らしいの一言です。















 大阪朝高の重舞①です。


















 大阪朝高 重舞② 創作舞です。肩が勝手に動くほどリズムカルでした。











 京都第2初級の皆さんが出演です。愛らしい!今年のコンクールでは京都が一番でした。









 歌舞団の舞踊部の皆さんが花を添えてくれました。









 東中の群舞です。













 最後は我が大阪第4初級の群舞登場です。さすがです。子供らしさの中に斬新な動きが一杯取り入れられています。

























 1時間10分の発表会でしたが無料はもったいないほど素晴らしい質の高い発表会でした。

 今回の発表会を企画されたのは大ベテランの先生ですが、若い先生方がどんどん育っていることをとても頼もしく思いました。

 又、司会をされた放送部の教え子だった先生のやさしい声にとても癒された1時間10分でした。

 家に帰りFbに写真をアップしている最中に大阪朝高ラグビー部が、14対7で啓光を破り4年連続、全国大会出場が決まったとのニュースが飛び込み喜びは倍になりました。

 民族教育ーウリハッキョは不滅です!

 出演者の皆さん、指導者の皆さん。今日はご苦労様でした。そしてとても元気をいただきました。

          コマッスムニダ!(ありがとうございます。)

 
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