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ニョニョのひとりごと

バイリンガルで詩とコラムを綴っています

ニョニョの日記詩(35~42)

2021-05-28 14:47:12 | 詩・コラム


「ニョニョの日記詩(5月21日~5月28日)」

日記詩35
休校

昨日の夜
怖いぐらい強い雨が降り続き
雨漏りしないか心配になった
案の定警報まで出ていた
今朝5時半ごろ強い雨音で目が覚め
熊本大丈夫かなぁと不安がよぎった
6時半 家族ラインが飛び交う
大部分のウリハッキョが休校のよう
今日も一日中大雨だろうか
梅雨が始まったばかりなのに
警報が鳴り響く不安な朝

일기시35
휴교

어제 밤
겁나도록 강한 비가 계속 쏟아져
비가 새지 않을가 걱정했다
아니나다를가 경보라 요란스럽다
아침 5시반쯤 강한 비소리에 깨여나
구마모토친구는 괜찮을가 불안스러웠다
6시반 가족라인이 오간다
거의 다 우리학교는 휴교인것 같다
오늘도 하루종일 큰비가 올가
장마철에 든것이 언젠데
경보가 울려퍼지는 불안한 아침  (5月21日)




日記詩36
番組「旅サラダ」

第4土曜は休校日
お弁当も要らない
朝から のんびり 出汁とって
うどん煮込んで あげさん刻んで
卵でとじて ハイ 出来上がり
熱々うどん食べながら
ボーッとテレビを見る
番組「旅サラダ」は
群馬の山の中での渓流釣り
群馬にはサドンニムの家族が住む
何回か訪ね 草津温泉や 湖や川
あちこち 一緒に行った事思い出した
懐かしい自然は良い人はもっと良い
また行ってみたいなぁ

일기시36
프로「려행쌜러드」

제4주 토요일은 휴교일
도시락도 필요없다
아침부터 한가하게 맛국물 끓이고
국수 삶고 유부 설어서
계란 풀면 자 되였어
따끈따끈한 국수 먹으면서
멍하니 텔레비를 본다
프로「려행 쌜러드」는
군마현 산속에서의 계류낚시질
군마에는 사돈님의 가족들이 산다
몇번 찾아가 온천이며 호수며 강가
여기저기 함께 가서 즐긴 일이 생각났다
그리워 자연은 좋구나 사람들은 더 좋아
다시 가고싶구나  (5月22日)



日記詩37
マグロ

お刺身のことではありません
お寿司のことでもありませんよ
ある日友人が言ったのです
「ニョニョはほんまにマグロやな」
初めは意味がわかりませんでした
何回も言われてみて検索してみたら
マグロは動き回らねば死ぬそうな
コロナ禍だから自粛は義務だけど
まだしなければならないこと
いっぱいあるから死ねません

일기시37
다랑어

생선회 이야기가 아닙니다
초밥 이야기는 더욱 아니예요
어느날 친구가 말했어요
「녀녀는 진짜 다랑어야」
칭찬인지 욕소리인지 가늠 못했어요
몇번이나 들어 궁금해서 검색해보니
다랑어는 시종 움직이지 않으면
죽는다지 뭐예요
코로나때문에 자숙은 의무라지만
아직 못다한 일이 너무 많아서
죽을래야 죽을수 없는데 어찌할가요 (5月23日)



日記詩38
「こころの風景」富山編

朝7時45分からBSで
火野さんが自転車で案内してくれる
今週は富山編だ「こころの風景」
富山には婿とご両親が住んでいる
長女の婚約式に参加するためと
婿が富山で店を構えた時応援にと
その二回しか行けなかったけど
のどかで広々としていて良い所だ
遠くに見える立山連峰 懐かしい
富山の皆さん また行きます
「コリアンマチャ」をよろしくね^_^
通学班送ってこよっと^_^

일기시38
「마음의 풍경」 또야마편

아침 7시45분부터 BS에서
히노씨가 자전거 타면서 안내해준다
이번주는 또야마편이다 「마음의풍경」
또야마에는 사위와 부모님이 사신다
큰딸의 약혼식 참가를 위해서와
사위가 가게 차렸을 때 응원하기 위해서
그 두번밖에 못 갔지만
한가롭고 아름다운 널찍한 고장이다
멀리에 보이는 따떼야마련봉이 그립다
또야마여러분 다시 찾아가겠습니다
「코리안 마차」를 부탁합니다^_^
자 통학반을 보내올가^_^  (5月24日)



故 朴清順先生に 捧げます

突然の訃報に
言葉を失いました
満 60歳 あまりにも早い旅立ちでした
1996年まで茨城中高の教壇に立ち
教え子たちの胸に
ウリマルの大切さ 民族の素晴らしさを
説いてくださいましたね
嫁もあなたに学んだと言っておりました
文芸同の集まりでお会いするたび
いつも明るかったあなたの笑顔を
生涯忘れることはないでしょう
「チョンソリ」50号から83号までに
掲載された24編の心のこもった詩を
一編一編改めて読ませていただきました
民族愛 同胞愛 師弟愛に満ちた
珠玉の作品の数々は
永遠に光り輝くことでしょう
もう今は痛みを忘れて
ゆっくりお休みください
故 朴清順先生
やすらかにお眠りください

고 박청순선생님에게 삼가 드립니다


갑작스레 전해진 부고에
말을 잃었습니다
만 60살 너무나 일찌기 떠나셨습니다
1996년까지 이바라기중고 교단에서
제자들의 가슴속에
우리 말의 소중함 민족의 자부심을
깨우쳐주셨습니다
며느리도 선생님에게서 배웠답니다
문예동모임에서 볼 때마다
언제나 명랑하던 선생님의 미소를
영원히 잊을수 없을것입니다
<종소리> 50호로부터 83호까지에
게재된 24편의 시를
한편 한편 새롭게 다시 읽었습니다
민족애 동포애 제자사랑이 넘친
주옥같은 작품들은
영원히 빛을 뿌릴것입니다
이제는 모든 아픔 잊으시고
편히 쉬여주십시오
고 박청순선생님이시여
고이 고이 잠드시라  (5月25日)



日記詩40
走るおばさん

朝 登校時 最後の信号の前に立つと
中大阪の重層な校舎が見える
信号渡り少し歩くと
いつも走っているおばさんが見える
「あ!今日も走ってる」
いつも同じ服装に髪型 走り方
制服のようなグレーのチョッキ上下
近くの会社の事務員さんかな?
「遅刻やから走ってんのかなぁ?」
「ジョギングしてはんのん違う?」
4人とも勝手に分析している
楽しい朝の風物詩 ふふふ

일기시40
달리는 아줌마

아침 등교시 마지막 신호앞에 서면
나까오사까의 육중한 교사가 보인다
신호를 건너 잠간 걸으면
언제나 달리고있는 아줌마가 보인다
「앗!오늘도 달리고있어요」
늘 같은 옷차림에 머리모양 달리기모양
제복같은 회색 춋키에 치마차림
가까이에 있는 회사직원일가?
「지각이라서 달릴가?」
「조깅 하시는게 아닐가?」
너이 각자 제멋대로 분석한다
즐거운 아침의 풍물시 ㅋㅋㅋ  (5月26日)




日記詩41
雨の日の通学路

天気予報が良く当たる
朝からザァザァ 雨が降っている
「今日はお喋りやめて
一列でいくよ」
「はぁーい!」
お返事は天下逸品
リアン班長を先頭に
スファ、ウォンサ、ヒジョンの順に
水溜り避けながら慎重に歩く
「車来てるよ〜」
「水溜りやで〜」
途切れることのないハンメの小言
うるさいと思ってるかなぁ
でも心配なんだ
7年通った通学路
最後の日まで無事故であらねば
自分の時が来たとばかりに
紫陽花が威張って笑っていた

일기시41
비오는 날의 통학길

천기예보가 겁나게 맞아든다
아침부터 좔좔 비가 내린다
「오늘은 수다 떨지 말고
한줄로 간다〜」
「예〜ㅅ!」
대답은 천하일품
리안반장을 선두로
수화、원사、희정의 순서로
물웅뎅이 피하면서 신중히 걸어간다
「차가 온다〜」
「물웅뎅이야 조심〜」
멈출줄 모르는 함매의 잔소리
시끄럽다 여기겠지
하지만 어찌겠노 걱정인것을
7년을 하루같이 다니는 이 길
마지막날까지 무사고라야 하지
제철이 왔다는듯이
수국꽃이 뽐내며 웃고있었다 (5月27日)




日記詩42
成長

つい先日入学式だったような
不思議な記憶が蘇るのに
もう6年生
頼もしい(?)団委員長!
6年間 男の子一人のクラスで
しっかり者の女の子たちに揉まれ
さぞや大変だったろうと思いきや
なんのなんの結構男の子らしい
幼い時はウルトラマンが好きで
ついその気になって暴れてたけど
いつのまにか後輩を諭す先輩に!
今朝も遅刻して走ってきた後輩に
「目覚まし時計合わしてる?
アラーム聞こえてんのん?」と
なかなか手厳しい!
子どもの成長はあまりにも早い
35歳で成長止まった私はどうする?

일기시42
성장

며칠전이 입학식 같았던
신기한 기억이 되살아나는데
벌써 6학년생
믿음직한(?)단위원장!
6년간 남자 하나뿐인 학급에서
야무지고 똑똑한 녀학생들속에서
오죽 기가 죽었을가 걱정했는데
천만에요 제법 사내답게 자랐네
어릴적엔 울트라멘이 좋아서
흉내내여 떠든바도 있지만
어느새 후배를 타일러주는 선배로!
올아침도 지각하여 달려온 후배한테
「자명종시계는 맞추고있니?
알람소리는 들렸니?」라
제법 호되다!
어린이의 성장은 너무나 빨라
35살로 성장이 멈춘 난 어떻게 해?!(5月28日)


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5月25日、425回目の「火曜日行動」です。

2021-05-25 19:57:49 | 火曜日




天気は晴れ!自転車に乗って府庁前に向かいました。



今日のレポーターはハルモニ会の陶山さん、写真撮影は松尾さんです。力を合わせ発信してまいりましょう。

火曜バンドは不滅です‼️


長崎さんの第一声始まりました。

長崎さん

朝鮮学校の子どもたちの夢と希望を奪わないでと、補助金の復活と、すべての子どもたちの教育を保障する、高校無償化から排除されて11年、無償化適用を訴えて、2012年4月17日からここに立っています。

ここにはいろんな方々がこの場に集っています。日本人としてこの朝鮮学校の問題は、日本社会の民主主義の根底の問題だ、いわれなき差別を見て見ぬふりをする。これがこのコロナ禍で、一番苦しんでいる人に手が差し伸べられない。私の友人も青息吐息で自営業を続けています。自営業に対する協力金もまだ下りていません。一番苦しんでいる人たちは切り捨てられていく。これが朝鮮学校に対して、大人が子どもに対して一番してはならないこと、子どもたち自身が自分で責任とれないことを、子どもたちに押し付けて差別をする。

差別は許さない、人権を守ろう、こんなスローガンがいつも行政のところには掲げられていますが、行政自身が率先して子どもたちを差別する、在日朝鮮人であれば差別してもいい、北朝鮮と関係があればどんなバッシングをしてもいい、そんなことが繰り返されてきました。

でもこの場に集っている人たちを見てください。火曜日行動には文化があります。今日も火曜日バンドの皆さんが音楽を奏でてくれています。

 大阪市の政策の中で、この緊急事態宣言の中で、朝令暮改、オンライン授業をすると言っても、操作の仕方もよくわからない、低年齢であれば親御さんがそばにつかないとできない、にもかかわらず、一方的にオンライン授業を部分的に取り入れ、給食は学校に出る、こうしたやり方が大阪市の学校で大混乱を生みました。これに対して木川南小学校の久保校長先生が勇気をもって提言書を出したことが、今、大きなうねりを読んでいます。現場で子どもたちと向き合っているからこそ、子どもたちを守ろうとして出てくる声、それを一切聞かずに、維新が市長が府知事がやっているということを見せるために、現場がこれをしては困りますと言ってもその声を無視して、いかにもリーダーシップがある、そして物事を決めてるということを出すために教育現場を振り回している。これに対して勇気ある久保校長先生の提言に賛同の声が上がっています。

私たちも朝鮮学校に対して理不尽な差別が続いていること、そしてかつての大阪府が全国に先駆けて朝鮮学校への補助金を出してきたこと、もう一度原点に返って思い出してほしいと思っています。私の友人の教員の人が、大阪府にあこがれて教員になった、なぜかと言えば、解放問題、障がい者の子どもたちを受け入れていく、そんな人権教育をしている大阪府にあこがれて教員になった。でも今の大阪の教育が大きく外れている。朝鮮学校への差別が行われていることに対して教育現場から声が上がらない、こうしたことにも皆さんにぜひ知ってもらいたいと思っています。

今日は前朝高のオモニ会長をしておられた高さんが来ておられます。お願いします。



高さん、久々のアピールです。

高さん

 皆さんほんとにお疲れ様です。私は朝鮮大学校と朝鮮高級学校に子どもを通わせている一保護者です。

先日大阪朝鮮高級学校の総会もしまして、4年間携わっていたオモニ会から卒業することになりました。今回一オモニとしてこの場で発言します。大阪中高オモニ会では皆さんの支援をいただきながら、図書室をリフォームしました。現在も子どもたちのための図書の寄贈をお願いしています。大阪朝鮮学校は自力で運営しています。日本の学校のような立派な図書室はありませんが、保護者の力で日本学校にも負けないような図書室をリフォームすることができました。リフオームしたけれど中の本が少なく、いろんな方に寄贈をお願いしています。

先日木川南小の校長先生の提言を読み、木川南小のHPを閲覧させていただきました。いろんな圧力がある中で、管理職として声をあげられた勇気に感動し、たくさんの勇気をもらいました。子どもたちのために立っている位置は違うかもしれませんが、一緒にここにいらっしゃる皆さんと共に、未来に羽ばたく子どもたちのために、何か一つできればいいなと思っています。ここにおられる皆さんもおそらく久保校長先生と同じようなお気持ちを持っていらっしゃる方、たくさんいらっしゃると思います。どうか透明人間になっている朝鮮学校の子どもたちに目を向けてください。

子どもたちはみんな一緒です。朝鮮学校に多大なご協力をよろしくお願いします。



館山さん、大腿骨を骨折されて治療に専念されるため、長い間本当にご苦労様でした。まだまだ無理をなさらないで下さいね。



大野さんがマイクを持たれました。

大野さん

毎週毎週たいへんご苦労様です。日朝市民連帯の大野です。10年前ですか、朝鮮高校無償化排除の時、大阪府庁、大阪府会議員に面会をして、何とか差別をやめてくれと要請をしました。維新の府会議員が数十名参加していて、陳情に来ている者に対して、朝鮮に対する差別的な言動を、私たち日本人に対して上から目線でやられたのを、今また思い出しました。

維新が当初とった政策について自民党はじめ多くの党も同調して現在に至っていると思っています。この間コロナについては減少傾向にあると思います。緊急事態宣言も延長されると明言されています。それは正しいと思います。医療がひっ迫している中で解除すると大変なことになる。オリンピックはできない。コロナの中で私たち市民国民は大変なことになっていることを理解してくれていると思います。その中で在日の人たちも、それ以上に、朝鮮学校に対する差別を正面から受けている中で、ずいぶん悩んだり苦労したりしているということを認識していただきたい。

毎週毎週参加する中で仲間も増え、多くの人が事実を知るに至っていると思います。
オリンピックの動向は気になりますが、私たちのやっていることは終わるまで続けなければならないという意思に燃えております。昨日、アメリカは日本への渡航を禁止すると確定されました。アメリカからは誰も来れない。選手は別だが、一般の人は来れない。日本はアメリカべったりのところですから、アメリカには反対できないという関係がありますが、せめて緊急事態宣言の中でやるということはやめてほしい。戦時中で言えば戦争終わるときに何があったか。原爆が投下された。その後にあわてて止めざるを得なかった。これと同じようなことがおこりかねます。

オリンピックのさ中、外国から来られた人にコロナが発生、クラスターが発生ということになると、即座に止めざるをえんと想定されていると思いますが、菅首相はじめ幹部の人は決断ができない。選挙を目前にして下手を打てないということがあらわになって、多くの国民の8割が反対しているという状況を考えたときに、一刻も早く止めるべきだと思います。半年も前から中止すべきと言ってきましたが、オリンピックに入ってから中止するということになれば、世界に対する日本の恥さらしになる。態度を明確にしてほしいと思います。

長崎さん

今全国の朝鮮学校支援するクラウドファンディング行われているのですけど、うれしい報告として、神戸と広島、どちらもクーラー設置や人工芝のためを訴えていましたが、どちらも目標額に達成しましたと言うことでお知らせが来ました。




大村さんもアピールされました。

大村さん

 先ほどから小学校校長先生の提言が出てきました。オンライン授業と対面授業を並行させながらとか、給食食べた後どうのこうのと、現場が混乱するようなことに対しても、提言の中で書かれていました。

昨日から大阪市内の小学校は対面授業に代わりました。ニュースを見ていたら、子どもたちは、オンラインはつながらない人もいっぱいいるし、やっぱり対面がいい、友だちと一緒に体育ができたり遊んだりできる。学校生活で友達といろんなことができるということは、一番大切なことだと思います。

松井市長は校長先生の提言の中に、学力調査や教員の評価制度にたいしても批判されていました。それが現場を疲弊し子どもたちに混乱を招き、子どもたちをむやみに競争に追い立てると批判されていましたが、これに対して松井市長は、この世の中は、社会は競争でできているんだ、社会を知らないのかみたいな松井市長の反撃、自分にたてついたやつにはとことんやってやるぞ、今、処分を考えてるみたいなことを出されています。私は本当に憤りを覚えます。学校というのは子どもたちが仲間と共にいろんなことをやって育つところです。学力をつけるだけではありません。

今朝鮮学校幼稚園、幼保無償化から除外され、ここ数年朝鮮学校への入学・入園がどんどん減っている中で、今年も入園する子どもが減ってきています。朝鮮学校の幼稚園で行われていることは日本の幼稚園と何ら変わりません。お遊戯したりスポーツしたり休み時間にお絵かきしたり砂遊びしたり。大きく異なるのは朝鮮語で文化を教えていく、そこが違います。

毎日の園での生活は朝鮮語で行われます。子どもたちはほとんど日本生まれで日本育ちです。日本語で育っています。初めは朝鮮語に戸惑いますが半年もすれば慣れて、学芸会や運動会など行事を通して、楽器や文化に触れ、朝鮮人としてのアイデンテイテイーを身体ではぐくんでいくわけです。朝鮮学校の幼児教育は、朝鮮人として育っていくための大事な入口だと思います。

幼保無償化は新たな支援策として各自治体にゆだねられています。大阪府でもぜひ取り上げてほしいと思います。




田中さんもマイクを持たれましたよ。

田中さん
 
皆さんご承知のように、亡くなられた赤木俊夫さんのお連れ合いの雅子さんが国を相手取って、裁判を起こされて、6月23日に公判があります。ものすごい倍率になって、大法廷と言ってもコロナ禍で、入れるのは40に満たない数で10倍以上の倍率で、私はくじ運悪くて一度も入れたことは無いんです。抽選の場に多くの人が駆けつけているのが、市民が見張っているぞということになりますからぜひ時間がある方は駆けつけてください。

公判は2時からですけど傍聴抽選は12時台に行われます。確か12時45分ぐらいに傍聴券配布は締め切られると思うのですが、私たち森友問題考える会は、2時の公判が始まるまで、裁判所の前で、バナーを掲げて、赤城ファイルを黒塗りするなと訴える行動を行おうと思っています。一緒に立っていただいたらうれしいです。赤城ファイルを黒塗りするのは裁判所だけができることです。被告の国になんで黒塗りする資格があるのですか。なんで夫が死ななければならなかったのか。雅子さんが原因を知る権利があるのは勿論ですが、私たち市民にも知る権利があると思います。

黒塗りはダメと皆さん一緒に声をあげていただきたいと思います。ツイッターされている方は、赤城ファイル、黒塗りはダメというタグで投稿していただければ嬉しいです。一緒に盛り上げていきましょう。



オモニたちと一緒にみんなでシュプレヒコールと合唱「声よ集まれ 歌となれ」‼️

 シュプレヒコール 
     
・子どもたちの学ぶ権利を保障せよ
・朝鮮学校の子どもたちを差別するな
・朝鮮学校に高校無償化を適用せよ
・朝鮮幼稚園に幼・保無償化を適用せよ
・朝鮮学校に補助金を復活せよ
・行政が差別するな



最後の歌は勿論「勝利のその日まで」‼️‼️

 


駐輪場でも申し送りです。



くっすんさんが愛のキャンディを運んでくれています^_^



清水澄子さんの「愛と闘いの生涯」が紹介されすぐに完売になりました。心して読ませていただきますね。



新学年度を迎え新しいオモニ会会長に選ばれた李さんが、皆さんのまえでご挨拶をされました。



よろしくお願いいたします‼️

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ニョニョの日記詩(29~34)

2021-05-20 22:32:25 | 詩・コラム


日記詩29
金英淑展 鑑賞

何年ぶりだろう
地下鉄と阪急電車を乗り継ぎ
石橋阪大前へと
地下鉄も阪急電車も
乗客はまばらだ
静かに佇む 画廊 ぶらんしゅの前に
赤い橋を渡ったところにあった
友人と二人 うっとりと眺める
まだ見ぬ 諸外国の光景
壁の一枚一枚にも息吹が注がれた
荘重な建築物に圧倒され
扉をひらけば 眼に映る 光り輝く海
心洗われた幸せなひと時

일기시29
김영숙전 감상

몇해만일가
지하철과 전철을 갈아타고
이씨바씨한다이마에에로
지하철도 전철도
승객은 드문드문
조용히 멈춰섰다 화랑 부랑슈 앞에
빨간 다리를 건너선 자리에 있었다
친구와 둘이서 넋을 잃고 바라보았지
아직은 가보지 못한 머나먼 서양나라
벽체 한장한장에도 숨결이 깃든
장중한 건축물에 압도되여
문을 열어제끼니 눈앞엔 빛뿌리는 바다
마음이 씻긴 행복한 한때



日記詩30
電話

昨夜 久し振りに
電話をかけようと思った矢先に
電話がかかってきた
40年来の朋友から
以心伝心とはこのことか
携帯を持たない彼には
電話しか連絡方法がない
あったかい声 なぜか妙に懐かしい
詩の話 絵画展の話 健康の話
話は尽きない
いつまでも聞いていたい声
優しい声 思いやりに満ちた声

일기시30
전화

어젯밤 오랜만에
전화를 하려던참에
전화가 왔다
40년래의 친구한테서
이심전심이란 이럴 때 쓰는 말일가
휴대를 갖지 않는 그에겐
련락방법은 전화뿐이다
따뜻한 소리 어쩐지 그리운 소리
시이야기 그림전이야기 건강이야기
끝이 없는 회화
언제까지나 듣고싶은 소리
상냥한 소리 정성이 지극한 소리



日記詩31
紫陽花が!

朝、目が覚め窓を開けると
雨がしとしと降っていた
もしやと思い外に出てみると
紫陽花が色づき始めていた
正直な花
梅雨入りなんだね
今年は梅雨が長引くそうだ
カッパ着て長靴履いて傘さして
外を歩くの嫌いじゃないんだ
「雨雨降れ降れ、、、」
子供達と歌を歌いながら歩こうかな
マスクしていても呼吸が楽な雨の日

일기시31
수국화가!

아침 、깨여나 창을 열어보니
비가 부슬부슬 내렸었다
행여나 하고 밖에 나가보니
수국화가 물들기 시작했었다
솔직한 꽃
장마철에 들어섰구나
올해는 장마가 길어진다누나
비옷 입고 장화 신고 우산 쓰고서
바깥길을 걷는것 싫지 않아요
「비야비야 오너라、、、」
아이들과 노래부르면서 걸어볼가
마스크를 해도 호흡하기 좋은 비오는 날



日記詩32
「私は35歳!」

ある日突然生徒が質問した
「先生いったい何歳ですか?」
「うん?、、、私は35歳」
何年かして同じ質問
「私は35歳!」
「ヘェ〜」
20年が過ぎ去り又同じ質問
「私は35歳‼️」
「うちのオンマより若いやん。
ありえへん ふふふ」
定年の時も質問された何歳かと
「私は永遠に35歳‼️‼️」
願望だったのかなぁ^_^

일기시32
「난 35살!」
어느날 학생이 갑자기 물었다
「선생님 도대체 몇살이십니까?」
「응?、、、난 35살」
몇해가 지나 같은 질문
「난 35살!」
스무해가 지나 다시 같은 질문
「난 35살‼️」
「우리 엄마보다 젊으시다니
있을수 없잖아요 ㅋㅋㅋ」
정년의 해에도 물었다 몇살이시냐고
「난 영원히 35살이야‼️‼️」
소원이였을가^_^



日記詩33
遅刻

通学班のU君が
2日連続の遅刻
全員が遅刻する訳にはいかないので
他の三人で先に行くように促し
ハンメが大通りに迎えに行くと
いつものところで待っていた
本人は遅刻している自覚が全く無い
自転車の前後にU君のカバン乗せて走って追いかけるように促す
5分ほど走った所で通学班と遭遇
リアン班長が代表して諭す
「時計を見ながら行動しなさい」と
私が100回言うより
班長の批判がきっとこたえるはず
ふふふ 苦笑いしていると
雨が降ってきた

일기시33
지각

통학반의 U군이
이틀련속 지각
전원이 지각할수는 없기에
먼저 가도록 이르고
약속된 장소에 가보니
아니나다를가 U군이 서있었다
본인은 지각했다는 자각이 전혀 없다
자전거 앞뒤에 그의 가방을 싣고
달려서 쫓아가라고 일렀다
5분정도 달려 통학반을 따라잡았다
리안반장이 대표하여 깨우친다
「시계를 보면서 행동하라」고
내가 백마디 하기보다
반장의 한마디가 효과가 클거야
ㅋㅋㅋ 쓴웃음 짓는 사이에
비가 보슬보슬 내리기 시작했다



日記詩34
定期検診

今日は定期検診日
赤ちゃんの話ではないですが
3ヶ月に一回検診しています
2012年1月15日
突然 脳oooを発症してから
ずっと一日1錠飲み続けています
「先生、このお薬飲まなければ
どうなりますか?」
「飲まなくても良いけど
保障はできません」
冷たいひとこと でも本当のこと
始めは一粒100円でしたが
後発医薬品が出てきたのは有難い
日時書いてもしょっちゅう飲み忘れ
食事を忘れることはないのにね笑

일기시34
정기검진

오늘은 정기검진날
애기는 아니지만
석달에 한번 검진해야 합니다
2012년1월15일
갑자기 뇌ㅇㅇㅇ를 일으켜
계속 하루 한알 마셔야 합니다
「선생님 이 약 안 먹으면
어찌됩니까?」
「안 먹어도 괜찮지만
보장은 할수 없습니다」
차거운 한마디 하지만 도리에 맞는 말씀
첫 시기는 한알 100 엔이였지만
조금씩 약값이 떨어진것은 다행한 일
날자를 적어도 자꾸 잊는다
끼니는 절대로 안 떼우는데、、、笑

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5月18日、424回目の「火曜日行動」です。

2021-05-18 17:13:31 | 火曜日
雨が心配されましたが、午後1時から降るという予想を信じて自転車で向かいました。



1ヶ月ぶりの「火曜日行動」です。まだ緊急事態宣言中なので自由参加で行いました。












11時半過ぎには一人二人集まって準備を自覚的に行っておりました。








今日のレポーターはハルモニ会の木村さんです。









写真撮影は今日も松尾さんが頑張ってくださいます。皆さんよろしくお願いいたしますね。










長崎さんの第一声始まりました‼️

☆長崎さん

今日はお昼から雨の予報ですが、火曜行動の間はなんとかもちそうです。
緊急事態宣言が出てからこの一ヶ月の間は火曜バンドの方々など有志で場をつないでおられましたが、久しぶりの火曜行動です。大阪の患者は少し減ったとはいえ、医療は逼迫した状況が続いています。心はつながりながら距離を取り、時間も30分に短縮しての行動です。

今入った速報ですが、本日、入管法の改悪が強行採決されるところでしたが、見送りになりました。つまり、今国会では、廃案になったということです。

この間、入管法の問題点が浮き彫りになってきました。
外国から来た人々を同じ人間とは見なさず、治安の対象としています。
都合のいいときは労働力として使い、病気になったり貧困になったりすれば出て行けということです、この入管法と朝鮮学校に対する差別はつながっています。

5月16日に扇町公園でおこなわれた「入管法改悪反対アクション」では300人が集まり、その中で外国人排斥と朝鮮学校問題がつながっていることがアピールされました。

大阪でもワクチン接種が始まりましたが、コロナ禍による生活苦は深刻なものになっています。朝鮮学校の保護者に多い飲食店業などの自営業は大きな打撃を受けています。そんなこんな中でもクラウド・ファウンディングを使った新しい形での支援の輪が広がっています。朝鮮学校には保健室がない、ぜひ保健室を。こんな訴えが広島から始まり京都でも設置の運動が起こりました。この運動が実を結び、初めて朝鮮学校に保健師の先生が配置されました。コロナ禍の中だからこそ、支援を広げていきたいものです。
















火曜バンドは不滅です‼️火曜バンドの皆さんは自粛期間にも「自主練習会」と称してこの場所でずっと行動を繋いでくださいました。本当にお疲れ様でした。











大野さんがマイクを持たれました。

☆大野さん

この1ヶ月、私も火曜行動に来られませんでしたが、切実な思いを届けることは重要だと思っています。朝鮮学校に通う朝鮮人に対して「日本の学校に通えばいい」という人もいますが、日本の学校では差別的な政策がなされています。

私にもワクチンの通知が来ましたが、予防接種に自衛官が出てくるのはともかく、防衛省の副大臣中山泰秀が大きな顔をしていることに腹が立ちます。彼は朝鮮敵視・中国敵視発言で有名な人物なのです。吉村知事がリーダーシップを取って朝鮮人も日本人も全ての人が安心できる大阪を作っていってほしいと思います。























美術評論家の白凛さんも来てくれましたよ^_^










平石さんがマイクを持たれました。

☆平石さん

しばらくコロナ禍の中で休まざるを得ませんでしたが、この間、福島原発やオリンピックを巡る動きの中で行政の無能さが明らかになってきました。

大阪は東京より患者数が多い状況が続いています。病床も増やすことなく途中で止まっていました。維新政治は無能だといわざるを得ません。維新の議員は公僕であることを忘れてしまっています。いったい何人逮捕者を出すんですか。

橋下氏の朝鮮人差別から始まった朝鮮学校に対する補助金停止から始まり、そのまま松井市長、吉村知事が差別政策を受け継いでいます。もっとまじめに市民のための政治をしてほしい。これからも差別された人々、アジアの人々と連帯して闘っていきます。

























1回目から参加されている中山さんもアピールされましたよ^_^

☆中山さん

1回目から参加しています。いい反応もありますが無理解の反応もありました。

しかし、最近いいことがありました。私は、8月14日に上映が行われるドキュメンタリー映画『私はチョソンサラムです』のポスターを自宅に貼っているのですが、通りがかりにそれを見た方が「そんな活動をされているのですか」と声をかけてくれたのです。

行政は差別をしますが、一般の人は、連帯しています。本来人間は差別を許さないものです。これからも朝鮮学校支援をしていきます。

































お若い菅沼さんもマイクを持たれました。

☆菅沼さん

最近、姜龍一(カン・ヨンイル)さんの『荒野の向こう側』という本を読みました。日本では朝鮮人として差別され、韓国では日本人として差別されてきた自分自身の半生を描いた自伝的小説なのですが、この中で「在日とか、日本とか、韓国とか関係なく、人と人とがふれあうことが大切」という主人公のセリフに感銘を受けました。まさにその通りだと思います。人間として付き合うことが大事なのです。

朝鮮学校に補助金を支給しないのは差別です、吉村知事、松井市長、朝鮮学校への補助金復活、よろしくお願いします。













長崎さんが繋いでくださいます。











白凛さんがマイクを持ちましたよ‼️

☆白 凛(ペク・ルム)さん

いつもは朝鮮学校の小2の息子の保護者として参加していますが、今日は私の同志社大学での研究をまとめた書籍を出版しましたので、それを紹介させてください。

『在日朝鮮人美術史1945-1962――美術家たちの表現活動の記録』という本です。5月24日に出版する予定です。

久しぶりに火曜バンドを聴けてとてもうれしく思います。

最近はイスラエルのガザ地区への空爆が大きなニュースになっています。アメリカでは黒人差別、アジア人差別も起こっています。虫けらのように扱われていい人などいません。これらは対岸の火事ではありません。連帯の気持ちを表しながら、未来に向けてがんばっていきたいと思います。

















最後は大村さんがアピールをされました‼️

☆大村さん

2012年4月17日に始まった、この火曜行動は今日で424回目となり、9年と1ヶ月になりました。1,974年から支給されていた補助金は打ち切られたままです。この9年間、朝鮮学校に対する政策は悪化しています。裁判では、大阪地裁以外は政府に忖度した判決ばかりです。無償化法にも、教育基本法にも違反しています。

ただ,悪いことばかりではありません。最初は暴言が多かったのが、最近は関心を持っている人も多くなっています。

滋賀県の三日月知事は朝鮮初級学校を訪問し、大津市に民族教育が行われていることに敬意を表し、多文化共生の歴史がある学校があることを誇りに思うという趣旨の挨拶を行いました。自治体の長がこのように発言しているのです。それに引き換え、橋下のバッシングとそれを引き継いだ吉村知事ら、コロナ対策でも、自粛宣言を出したり引っ込めたりするだけでなく、心からの府政を願っています。




















クッスンさんが久しぶりに愛のキャンディを運んでくださいましたよ^_^











みんなで最後の歌「勝利のその日まで」を合唱しました。




















約束通りビラ配りなしの30分行動を終え駐輪場に集まりました。













大村さんがTシャツを購入して応援しょうとアピールされました。





















参加者みんなで貴重な書籍を刊行された白凛さんにお祝いと激励の拍手を送りました。










ご希望の方は是非ご連絡下さい^_^


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ニョニョの日記詩(21~28)

2021-05-14 09:26:43 | 詩・コラム


日記詩21
昔の家の前を通って

通学班と別れた後
長年通った眼科に行くため
昔の家の前を通った
田中電気店のおじさんが
「珍しいねぇ」と声がけして下さり
ニコニコしながら角を曲がった
周りはほとんど新築なのに
昔の家を含め4軒長屋はそのままだ
代わったのは
三段に飾っていた植木鉢が無くなり
自転車置場になっていたこと
寂しくてボッーと立っていたら
家の中から2歳ぐらいの男の子が
出てきてママを待っているよう
可愛い男の子 良しとしよう笑笑

일기시21
옛집앞을 지나며

통학반을 보낸후
여러해 다닌 안과를 찾아
옛집앞을 지났다
다나까전기가게 아저씨가
오랜만이다고 소리 걸어주시여
싱글벙글 웃으면서 골목길을 돌았다
둘레는 거의 새집으로 변했는데
옛집을 포함한 4집련립주택은 그대로다
달라진건
석단으로 꾸렸던 화분들이 없어지고
자전거장으로 변한것
섭섭해서 멍청히 서있더니
집안에서 두살정도의 남애가 나와서
엄마를 기다리는듯
이쁘장한 남아이 좋다고 치자(웃음)(5月7日)



日記詩22
長兄の命日

今日は長兄の命日です
長かった人生を思い起こすと
長兄と過ごした時間は
とても短かった
祖国の分断は実の兄妹を
引き裂いたまま 未だ続いている
アボジにそっくりだった長兄に
初めて会ったのは27歳だった
初級部の時から手紙を送り
いつになれば会えるのかと
父母を困らせた日々、、、
2011年11月28日
生まれて初めて故郷の家を訪ね
兄と過ごした幸せな時間
それが最初で最後になるとは、、、
アメリカから駆けつけた姪
カンボジアから駆けつけた姪
ソウルから駆けつけた甥以外
二人の姪とは初めて会った
長兄は最後の日まで一人だった
告別式で家族全員初めて再会した
長兄は喜んでくれただろうか
民族の分断を決して許すまい‼️

일기시 22
큰오빠의 기일

오늘은 큰오빠의 기일입니다
길고긴 인생을 떠올려보니
큰오빠와 지낸 시간은
너무나 짧았다
조국의 분단은 친남매를
갈라놓은채 지금도 계속되고있다
아버지를 썩 닮은 큰오빠를
처음 본것은 27살이였다
초등학교시절부터 편지를 보내고
언제면 큰오빠를 볼수 있느냐고
부모님의 애를 태운 나날、、、
2011년11월28일
난생처음 고향집을 찾아
큰오빠와 지낸 행복한 시간
그것이 처음이자 마지막이 될줄이야
미국에서 달려온 조카
캄보쟈에서 달려온 조카
서울에서 달려온 조카 외
둘이의 녀조카와는 첫 만남이였다
큰오빠는 운명할 날까지 혼자였다
고별식에서 일가친척이 처음 만날줄이야
큰오빠는 기뻐해주었을가
민족의 분단을 절대로 용서치 않으리‼️  (5月8日)



日記詩23
チャンフニの木

もう25年になりました
この紅葉の木を育て始めて
25年前、末息子のチャンフニが
突然お空の国に行ってしまって
心の病に侵された私は
お休みの日はお寺参りをしました
「つつじ寺」の庭園を歩いていると
大きな紅葉の木の前に
15㎝ぐらいの針金のような
赤ちゃん紅葉が咲いていました
雨上がりのせいか手で触ると
すっと抜けた紅葉を持ち帰り
大切に大切に育て
「チャンフニの木」と名付けました
25年間 毎朝 水をあげながら
「オンマは元気ですよ」と話します

일기시23
창훈이의 나무

벌써 25년이 되였습니다
이 단풍나무를 키우기 시작해서
25년전 막내아들 창훈이가
돌연히 하늘나라로 떠나
마음을 앓은 나는
쉬는 날이면 여기저기 절간을 찾았어요
「진달래절간」의 마당을 거닐더니
키높은 단풍나무앞에
15㎝정도의 철사같은
애기단풍나무가 피여있었습니다
비내린 다음날이라 손으로 만져보니
가볍게 뽑아진 애기단풍을 들고 돌아가
소중히 소중히 키워
「창훈이의 나무」라 이름 지었습니다
25년동안 매일아침 물을 주면서
「엄마는 오늘도 잘 있단다」 소리겁니다  (5月9日)



日記詩24
今年もにんまり

昨日は娘たちが
タコパーに呼んでくれた
タコパーってわかります?
ふふタコ焼きパーティーのことです
今朝は嫁がニコニコ
「オモニ はい 1日遅れです^_^」
手作りのカーネーション
決して派手ではないけど
心のこもったプレゼントが嬉しくて
今年もにんまり
幸せはすぐそばにあるようだね

일기시24
올해도 빙그레

어제는 딸들이
따꼬빠ー에 불러주었다
따꼬빠ー가 뭔지 아세요?
ㅋㅋ 따꼬야끼 모임이래요
오늘 아침은 며느리가 싱글벙글
「어머니 옛 한발 늦었어요^_^」
손수 만든 카네숀
결코 화려하지는 못해도
정성 깃든 선물들이 좋아서
올해도 빙그레
행복은 늘 곁에 있는것 같애  (5月10日)



日記詩25
「昨日洗ったよ」

朝の通学路
繋いだスファの手が
なぜかネトネトしている
「スファ顔洗った?」と聞くと
「昨日の夜洗ったよ」と返事
「ウオンサは?」と聞くと
同じ答えが返ってきた
前を歩いていた高学年二人
「朝に顔洗わなあかんで」と
先輩ズラしている
5年前を思い出して
思わず吹き出しそうになった
そうヒジョンもそうだった
「顔洗った?」と聞くと
返事はなくいつも目くそを拭いてた
ふふふ 子どもたちは
こうして大きくなるんだね^_^

일기시25
「어제 씻었어」

아침의 통학길
잡은 수화의 손가락이
왜서인지 끈적끈적해서
「수화 세수했니?」 물었더니
「어제밤에 씻었어」란 대답
「원사는?」 물었더니
같은 대답이 돌아왔다
앞을 가던 고학년생 둘
「아침에 세수해야 한다」며
선배띠를 낸다
문득 5년전이 떠올라
터질것 같은 웃음을 애써 참았다
그래 희정도 그랬었지
「세수했나?」 물으면
대답대신 언제나 눈곱을 닦았었지
ㅋㅋㅋ 아이들이란 다
이렇게 커가는것 같구나  (5月11日)



日記詩26
今日も叱られて

「作りすぎや」
朝から今日も叱られて
落ち込んでいる
みんな引っ越して半年にもなるのに
6人分作っていた癖が治らない
買い物する時も忘れてる
作っている時も忘れてる
叱られて気付く 作りすぎ、、、
なんでだろ?
みんなちゃんと食べてるはずなのに

일기시26
오늘도 야단 맞고

「너무 만들었어」
오늘도 아침부터 야단 맞고
침울해진 나
모두들 이사가서 반년이 지났는데도
6인몫 챙기던 버릇이 낫지 않는다
장 볼 때도 잊고
만들 때도 잊고
야단 맞고 겨우 알아차리는 못된 버릇
어째설가?
모두들 다 알아서 먹고있을텐데  (5月12日)



日記詩27
手記 脱稿

2月11日付で依頼を受けた原稿を
ついに書き上げた
自由テーマが一番難しい
「何を書こうかなぁ」
あれこれ考えているうちに
2ヶ月が過ぎてしまった
締め切りの9月まで
時間はタップリあるけど
1つずつクリアしなければ
前に進めないタイプの人間
5月に入ってからずっと机の前
書いては破り 破っては書き
昨日の夜 11時 ついに脱稿!
手記 「羽がはえたように」
許玉汝第3詩集のタイトルだ
社協さん 約束は守りましたよ^_^

일기시27
수기 탈고

2월11일부로 의뢰받은 원고를
드디여 써내였다
자유주제가 가장 어려워요
「 뭘 쓸가?」
이 궁리 저 궁리 하다가
두어달 지나가버렸다
마감은 9월말
시간은 넉넉하지만
하나하나 끝장을 내지 않고서는
앞으로 못가는 성미인걸 어쩌나
5월에 들어선후 책상앞에서 집중
쓰고는 찢고 찢고서는 써서
어젯밤 11시 드디여 탈고!
수기 「날개가 돋친듯」
「허옥녀 제3시집」의 제목이다
사협여러분 약속은 지킨셈입니다^_^  (5月13日)



日記詩28
最終回

毎朝家族を送った後
7時30分から15分間は
ホットタイム BS朝ドラ鑑賞タイム
今日は「おちょやん」の最終回
いつも何気なく見ているが
子役の子が本当に芸達者だ
浪花千恵子さんや花房アチャコさん
子どもの頃 良く聞いた名前
「お父さんはお人好し」も覚えてる
見たり聞いたりしてたように思う
数奇な何人もの人生を織り成す
朝ドラは嫌いではない
15分と短いのも良い
いつも明るいおちょやんが
悲しみ乗り越え頑張る姿が
嫌いではなかった
朝ドラ見ながらよく泣いた
ドラマにも最終回があるように
人生にも最終回がある
1日を大切にしなければ
ふと思った5月14日の朝

일기시28
마지막회
매일아침 가족들을 직장으로 보낸후
7시반부터 15분간은
커피타임 BS아침방송 감상시간
오늘은 「오쬬양」의 마지막회
언제나 무심결에 보고있지만
아역의 배우가 참으로 명배우다
나니와찌에꼬씨 하나브사아쨔코씨
어릴적 귀에 익던 배우이름
「아버지는 선량한 사람」도 기억한다
보기도 듣기도 한것 같다
각계층 사람들의 인생을 보여주는
아침방송이 싫지는 않다
15분이란 짤막한 시간배당도 좋아
언제나 밝은 주인공이
슬픔을 이겨내며 애쓰는 모습이
싫지는 않았다
아침방송 보면서 잘도 울었다
드라마에도 마지막회가 있듯이
우리 인생에도 마지막회가 있겠지
하루를 소중히 해야지
문득 생각난 5월14일 아침   (5月14日)

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