7月3日 木曜日
ぼくは……さびしい。
愛している。
夏子。
涙があとからあとからあふれてきた。
この時だった。
夏子の母、鹿未来が青白い炎となって噴き上がった。
夏子と一体となった。
瞬時、夏子のからだが天空にはじき飛ばされた。
「あつ。夏子」
夏子が夜明けの空で、変身した。
隼人は夏子の変身の全貌を初めてみた。
それは黒い蝙蝠の姿ではなかった。
黒い蝙蝠の羽根をしていなかった。
天使の白い羽根をしていた。
神の園の庭師であったとしいう天使。
指に刺さった薔薇のとげ。
吹きだした血をうっとりと吸ったために堕天使となり天国を追われた。
吸血鬼の祖。
だが――。
いま……。
血の吸えない夏子は白い輝く羽毛の羽根をおもいきり羽ばたかせて天空から舞い降りた。
地上に降り立った。
夏子は母が身代わりとなったのを感じた。
母が夏子がそうしょうとしたように玉藻とだきあった。
その姿のまま宙に昇っていく。
那須野が原をくまなく照らすオーロラのような炎の柱が天空にむかってのびた。
七色の光彩をはなち、どこまでものびつづける。
その中心に玉藻と鹿未来が在った。
がしっと玉藻を鹿未来がかかえこんでいる。
炎が玉藻とともに消えていく。
炎が、母とともに消えていく。
「お母さん」
「お母さん」
夏子は泣いていた。
炎が玉藻の前と鹿未来をつつみこんだまま時空のかなたに消えた。
那須岳の噴火がとまった。
あれほどたけだけしくふきあれていた噴火がとまった。
いままでのことが、幻影であったかのように噴煙はおさまっていた。
あれは、幻だったのか。
隼人と夏子はふりかえる。
隼人は剣をかまえて、闘争の場にもどっていく。
そこでは、眞吾が高見が矢野が闘っている。
眞吾のそばには八重子がついている。
皐道場の剣士が幻無斎とともに吸血鬼をおいたてている。
日が高く上った。
吸血鬼の顔が蒼ざめている。
『黒髪連合』の精鋭があばれまくっている。
天下晴れて、あばれることができる。
彼らはいきいきと動き、吸血鬼にパイプヤリをつきたてる。
つきたてる。
吸血鬼を突き刺す。
八重子が眞吾とともにQと戦っている。
Qの首に眞吾の鞭がのびた。
捕らえた。
ぐるっと鞭のさきが、Qの首にまきついていく。
八重子が両脇にパイプ槍をかかえて体ごとQに突き入れる。
ぶすっと槍先がQの胸にもぐりこんでいく。
Qの心臓につき刺さる。
自治医大の病室ではキンジが大きく目を開いた。
「キンチャン」
早苗が泣いていた。
「やったは、眞吾」
「おれは、八重子さんとしたい」
「バァカ。わたしなんて、いつでもその気だったんだから」
八重子と眞吾はがしっとだきあった。
10
「隼人、芸術の秋よ」
「わかっている。ぼくは、絵をかくことに集中できる」
だが、秋が過ぎれば冬になる。鹿人たちがばらまこうとしていた鳥インフルエンザの流行が心配だ。ホテルの屋上にあった鳥小屋は破壊した。
でもあれだけではない気がする。
まだほかに保菌した、感染している蝙蝠がいたら?
どうなる……。
菌はひっそりと冬まで潜んでいて、この鹿沼の地で大流行するかもしれないのだ。
お母さん、はやくもどってきて。
夏子は空をみあげていた。
隼人はその後ろ姿を万感の思いをこめて見詰めている。
隼人は、見詰めていた。
隼人は夏子を見詰めていた。
それは、純白の、だがすこし色褪せたワンピースの『浜辺の少女』その人だった。
〈絵になる〉隼人はそう感じた。
〈愛している〉隼人は夏子に囁いた。
吸血鬼/浜辺の少女 完結
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