もどかしい世界
三郎は目覚まし時計のベルを意識の遠くで感じた。
昨夜は早く眠ったはずだが、まだ寝たり無いと感じるのは一種の現実逃避なのかもしれない。
仕事に向かう為に、三郎はベットから半身を起こし、枕元のメガネに手を伸ばした。
三郎はメガネがあるべきはずの場所に何の感触もない事にドキリとして動きが止まる。
昨夜、寝る前に外したメガネが無い。
三郎は何が起こったのかを理解し、頭をかかえた。
あるはずの物が無くなる。
これは国策として任命された「もどかし部隊」の仕業なのだ。
人々が必要とする物を強制的に徴収し、消費に向かわせるのが部隊の使命なのだ。
任務のための住居侵入の権限をもどかし部隊には与えられていた。
三郎はかつて自分に行われたもどかし部隊のもどかしい行為を思い出した。
アイスコーヒーを飲もうと思ったら、コーヒーとガムシロップはあったが、ミルクとストローが無い。
歯を磨こうと思ったら歯ブラシがない。
自転車のサドルが消えていた。
トイレットペーパーがホルダーから消えていて、ストックも無くなっていた。
三郎はメガネを作らなくていけないなと思いながら朝食の準備を始める。
パンをトースターに入れてスイッチをひねる。
タイマーが進む、かすかなゼンマイの音を聞きながら、三郎は鼻歌を歌っている自分に気づく。
仕事が休める。
もどかし部隊によってもたらされた不具合による休暇は無条件に認められる。
この一文も法律として明文化されている。
焼き上がったパンのいい匂いがしてきた。
三郎は冷蔵庫にあるバターを取りだそうと冷蔵庫の扉を開けた。
バターがたしかにあった空間にはぽっかりと穴があいてた。