占い人
日曜日の午前中、和子は電車に乗っていた。お目当ては、とんでもなく当たるとSNSで話題になっている、「占い人」という占い師に占ってもらうことだ。占い人の面白いところは、失せ物、失踪人、進路の相談などいろいろなケースでことごとく的中したという報告は多数寄せられているが、本人の画像が一切無いところだった。そして、占いの料金は占いの結果、もたらされた結果による成功報酬というところだ。
和子は車中でも悩んでいた。
はたして自分は占い人の占いに従うのか、どうなのか。
占う内容は、つきあい始めて五年になる恋人のアキラとの結婚についてだ。アキラの金銭面でのルーズさと、ちょっとしたわがままがどうしても引っかかっている。
現在、二人は結婚の話題に触れていない。
このまま結婚という事もあり得るのだろうか……。和子は自分の年齢を思い浮かべる。
二十九。
今日はアキラとのデートをキャンセルして占い人に会いに来た。
和子は知らぬ間にため息をついていた。
改札から外に出た和子はスマホを取り出して占い人の場所を確認した。場所はすぐそばのはずなのだが、和子の視界には占い人らしき人物はいない。
「人をお捜しでしょう」
突然、後ろから肩を叩かれて和子は声を上げた。「はい」とつぶやいて和子はゆっくりと振り返る。そこには筋骨隆々のマッチョが笑って立っていた。ただしマッチョはパンツ一丁。
(変質者だ)和子の顔面はひきつる。
「けっして怪しいものではございません。私は占い人です。占いの方でしょう」
「はい」
「分かってました」
「分かっていた?」
「今朝、目が覚めたぐらいから、何となくあなたがここに現れるのが分かってました。占いの内容も何となく分かってます」
「誰もいなかったのに、どこから現れたの……」
「寒いので、出来るだけ物陰に寄り添って立っています。北風がとにかく寒いのでね」
占い人は太い筋肉を小さく縮めておどけている。
たしかに十二月の寒空が、裸にこたえる事は容易に想像できる。
「それでは張り切って占わさせていただきます」
占い人が何かの踊りを始めようとしたので和子は慌てて止めた。
「あの、占いに入る前にどうしても聞きたいことがあるのですが」
「何でしょう」
占い人の肉体は湯気を上げんばかりにうっすらと上気し、ピンク色を帯びている。
「どうして裸なんですか?」
「的中率のためです」
「占いの?」
「はい、裸であればあるほど、占いのパフォーマンスが上がります。しかも屋外での占いが最強なのです。本当は全裸・屋外で占いたいのですが、パンツ一丁・屋外が法律のギリです」
「そうなんですね。この場で占うのですか?」
「そうです。心の準備は整いましたか」
占い人が両肩を器用に回して、足の屈伸を繰り返している。
「では、始めます。ちなみに占いの内容を確認しますが、現在お付き合いのある男性との結婚、ありか無しかでよろしいですね」
占う内容の的中と、結果が和子の頭によぎり、心拍が早まる。
「はい、お願いします」
「ちなみに、料金は後日、今から私が発する占いの結果、訪れる未来の満足度の対価としてお支払いください。ここでお待ちいたしております。では、まいります……」
マッチョが美しいフォームで走り出し、そのまま角を曲がって和子の前から姿は見えなくなった。
待つこと五分。
走り去った方向の逆から占い人は現れた。
「今日のタイムは自己新でした。そして、まるっと分かりました。アキラさんとの結婚はありです」
「ありですか」
「そう、ありです。私、走りながら、あなたの人生を見ました。アキラさんと結婚する未来、アキラさんとは結婚しない未来。どちらも幸せな人生でした。ただし、アキラさんとの結婚を逃すと、次の婚期は数年から十数年後になります。この観点からも「あり」です。多少の欠点には目をつむりましょう」
「はい」
和子は占い人の声をぼんやりと考えながら岐路についた。
和子とアキラは結婚した。
五歳になる娘の左手を和子が右手をアキラが引いて三人は歩いていた。
和子は何度も占い人がいた場所を訪れたが、そこに占い人の姿は無かった。
笑いながら歩く三人が向こうからやってきたスーツの男とすれ違った。アキラはすれ違いざま、和子には分からないように会釈した。
スーツの男もかすかにうなずく。
スーツの男はそのまま歩み去った。
スーツを着てはいるが、その人物は占い人だった。
裸の印象が強すぎて、服を着た占い人に和子はまったく気づかない。
占い人、それはアキラが作り出した幻だった。五年前、和子との間にちょっとした別れの予感を感じたアキラが計画した同級生との競作による壮大な狂言が占い人なのだった。
和子とアキラと娘はそれぞれ幸せだった。占い人を演じた同級生も幸せを感じていた。