オレンジな日々

広島在住のシンガーソングライター&ピアニスト
三輪真理(マリ)のブログです。
音楽大好きな日常を綴っています。

西加奈子『窓の魚』(ネタバレあり)

2015-08-24 | おすすめ本

Speak Lowの帰りに本屋さんに寄ったついでに買った、西加奈子の『窓の魚』を一気に読みました。
久しぶりに味わい深い小説を読んだなあという感想。
ちょっとだけ感想を書いてみます。ネタバレありです。


「温泉宿で一夜を過ごす、2組の恋人たち。静かなナツ、優しいアキオ、可愛いハルナ、無関心なトウヤマ。裸の体で、秘密の心を抱える彼らはそれぞれに深刻な欠落を隠しあっていた。決して交わることなく、お互いを求めあう4人。そして翌朝、宿には一体の死体が残されるーー恋という得体の知れない感情を、これまでにないほど奥深く、冷静な筆致でとらえた、新たな恋愛小説の臨界点。」(カバー文章より)


小説は順番にその4人のそれぞれの視点の章で書かれます。
クールなナツは「私」、ぶっきらぼうなトウヤマは「俺」、甘えったれのハルナは「あたし」、繊細なアキオは「僕」と自分のことを呼ぶ。こういう書き方をすることで登場人物のキャラクターを表現できるのって日本語独特ですね。
作者の西加奈子はイランのテヘラン生まれだそうですが、だからこそ日本語のこのような表現を使ってみたかったのかもと思いました。登場人物の名前が四季の名前になっているのもなるほどなって感じです。


ナツとアキオ、ハルナとトウヤマはそれぞれ恋人同士。2組のカップルのふつうの温泉旅行。お湯につかったりご飯を食べたりタバコを吸ったり、ビールを飲んだり、はしゃいだり・・・。たわいないシーンが続くだけなんですが、同じシーンがこの4人の別々の視点から描かれることで物語は深みを増していきます。へえ、この時この人はこう感じてたんだ・・って。
1つのシーンをいろんな登場人物の視点から描く小説のスタイルは別に新しくはないけれど、何気ないシーンを共有する4人の深い深い心の底、過去の出来事やお互いに隠している秘密まで描くことで、それぞれの心象風景の違いに興味を惹かれるとともに、読んでいるこちらの想像力もかきたててくれます。


文体や表現も作者独特。「バスを降りた途端、細い風が、耳の付け根を怖がるように撫でていった。」という冒頭の表現からなんだか強く惹きつけられる個性を感じました。なんというか日本語の使い方が自由なんですよね。


さて、物語ではたわいないそんな旅行の翌朝、錦鯉のいる温泉の池に1人の美しい裸の女の死体が浮かびます。
事件は最初のナツの章のすぐ後に「ここでお知らせです」とでもいうかのように、別の旅行者の視点で突然挟まれ、ハッとさせられます。読み進めていくとそれぞれの章のあとに続いて仲居、宿の女将という4人以外の証言の形で挟まれていました。


この死体は4人のうちの誰なのか、自殺なのか他殺なのか・・・いろんな想像をしながら読んでいくわけですが、結局その死体は誰か、4人の関係はその後どうなったのか最後まで一切語られないまま呆気なく物語は終わってしまいます。
結論の出ない恋愛相談を聞かされたままその後連絡が取れなくなった友人の話のように「あれはどうなったんだっけ」という読後感に引っ張られる小説でした(笑)。
想像力をかきたててくれるオイシイ刺激を求めている人にはオススメです。

窓の魚 (新潮文庫)
西 加奈子
新潮社


描くことで想像させること、そして描かないことで想像させること。
私も歌作りで大事にしてることです。 
興味のある方は作曲術というカテゴリーの中で『ホンキの作曲術』としてシリーズで書いているのでおヒマな時にでも読んでみてくださいね。