詩人PIKKIのひとこと日記&詩

すっかりブログを放任中だった。
詩と辛らつ日記を・・

ありがとう

2009年01月23日 | 日記
人生は一度こっきり
誰もきみの代わりに
生きてくれなんかしない
ましてや
死んでなんかくれない

人生は
登山みたいなもの
やっと上りきったなと思ったら
またすぐ向こうに
急な登り坂の連続

人生はむしろ
登り坂を楽しむべきもの
思いがけず慰めてくれ
景色や花々の力を借りながら

登山道を横切ってく鹿の鳴き声
雨上がりの空にかかった二重の虹
そして
延々と連なる青い山並みにも
感謝しながら

ここで
きみたちと出会えたのも
なにかの縁
だから ありがとう
そして いつまでもお元気で 

天才的アイデア!と思う籤つきエコロジー機能つき「地域通貨」

2009年01月23日 | 日記
今日は半日「地域通貨」(一年毎に一割ずつ貨幣価値がなくなってゆき10年で0円に”老いてゆく貨幣”)について考えみた。

是非とも北海道やカルフォルニア州で試験的にやってもらいたい。これによって大恐慌などはたちまち吹っ飛ぶだろと思う。

その概略は(北海道を例にとると)ー
◆最初に10万円のこの「地域通貨」(一万券&千円券を半分ずつ)と通帳を全道民に配る。二年目からは半額でこの通貨を買えるようにする。
◆買えるのは道産品のみとして産業振興を図る。(米国では絶大な産業効果だろ)
◆年末を過ぎるとその貨幣価値が一割ずつ減ってゆく代わりに、お正月直後に籤引きをして、50人に1人くらいに10万円が当選するように
◆この通貨がたまりがちな業者のために、通帳残高は籤引きが無い代わりに3月の年度末まで一割減とはしない。
◆北海道とカルフォルニア州、あるいは道内各支庁と米国各州が姉妹提携してはどうかと思う。日本人は米国から英語やIT技術を学べるし、米国人は日本から世界一優れた発行醸造技術や農業・養殖技術を学べる。
◆そのためのセンターとしては、国に新しくすべての市区町村にあらゆる技術を誰もが資金援助を受けながら学ぶ事のできる「職業訓練・技能習得施設」を新設させるべきだと思う。NPO・NGOやボランティアを講師等として活用して。
◆さらに支庁中心都市には、上記の施設から優秀な人材を集めて、「情報なんでも館」を上記施設に併設させる。ここが米国各州との交流の基点にする。
◆さらには、札幌に国連大学北海道分校を開設する。ここに上記施設での優秀な人材をさらにレベルアップして、米国をはじめとする世界中との交流や、世界一優れた発行醸造技術や農業・養殖技術で世界を救済してゆくべきではと思う。
◆毎年一割ずつ減ってゆく分は、色々なエコロジープロジェクトへと各人が選べるようにしてはどうかと思う。それによって行政の優先順位・査定や優れたNPO等を支援可能になる。

この僕のアイデアに共感してくれる人がもしも居りましたら・・オバマ等の米国人や日本の政治家にもこのアイデアを売り込んで欲しいなと思う。
その際は是非とも、原案者の僕のこのブログの紹介をよろしく!

好きだった君

2009年01月22日 | 日記
好きだった君
今夜は君を思い出してる

今にも取れそうな
ぼくのコートのボタンを指差して
「さあ脱いで」と
針と糸とを出して
ボタンを縫ってくれた君

それからずっとぼくは
君のことを「天使」と呼んでるんだ
生きてる限り
ずっと ずっと

好きだった君
大学入試に落っこちて
故郷へとバスで還った時
運転手さんに向かって
「運賃をタダにしてやってください。私の給料から」といってくれたバスガイドの君

でも
「バス代くらい払えるんだ」と
怒リまくってたぼくだった
そのすぐあと
あとからあとから雪が降る広場で
涙がとまらなかったけど・・

好きだった君
いつまでも いつまでも
ずっとお元気で

腰痛でよれよれで仕事から帰還

2009年01月22日 | 日記
携帯電話なんか糞くらえだ。でもどこかの国では常時ネット接続の携帯電話があると聞いた。少し割高でもそんな携帯なら欲しいなと思う。もっと大きい手帳サイズのそんな携帯をつくる根性のある日本メーカーはいないのか!?

これから枇杷葉風呂に入って寝る予定。さすがいつもの鋭い推理眼だなと思ったのはーhttp://sensouhantai.blog25.fc2.com/

いつも読むたびに、この国の政治家と官僚の質の劣悪化に悲しくなってしまうのはーhttp://www.amakiblog.com/archives/2009/01/22/#001341

これらの原因は戦前と同じだと思う。陸軍でも陸軍大学への入試の成績で、彼は大将まで、彼は少将までと決められてしまったので・・出世が公認された軍人への私欲のための閨閥化がはびこってしまった。
戦後の官僚独裁支配政治もまた同じだったと思う。

戦前の天皇制の代わりに、アメリカへの奴隷制が置き換わっただけではないのかと思う。奴隷のくせに、偉そうな事ばっかを言うなよ!日本のすべての腐りきった政官財や翼賛マスコミやカルト宗教どもよ・・と言いたい気分だ。

旅立ち

2009年01月22日 | 日記
旅立ちの朝は 
四月のべちゃめく坂道を
いっきに
後も振り返らずにだった

ぼくの旅立ちを見送ってくれたのは
ネコ柳の季節を過ぎ
いまや
新緑まばゆい
君の家のぐるりの柳並木

とても春までは 
生きられないような気がしていた
また再びのいじめや
「君に受かる大学はない」という教師のことば

いや 
だからこそぼくは
新しい旅立ちへと
すべてを捨てる決心をしたんだ

森という森からは
タンポポや
名も知らぬ花々の綿毛が
空のあちこちへと
旅立ちの途上

ゴミ捨て場のスイカの皮に
むしゃぶりついてたあの路上生活者は
無事に
この冬を越えられたんだろうか
そう思いながらの
ぼくの旅立ちだったんだ

振り返れば
ぼくらもまた
人生という旅路での路上生活者

その途上で
哀しさや苦しみ そして貧しさを
知らないで生きてきたということなど
なんら誇るべきものではない

むしろ致命的な人生での欠点なのだ
他人の痛みに無頓着で
いつもせこせこと金儲けのことしか考えない
いつも陰鬱で他人を見下したような
この国の
特権官僚や世襲議員や世襲富裕層を見るがいい

彼らには
人生の素晴らしさを知ることは
とうてい不能
最底辺を知っているぼくらを
誰も殺し去ることなどできはしない
憲法というものがあり
この国が法治国家というのならば・・

麻生君はほんとは切れ者なのかも(参謀与謝野君の方か?)

2009年01月22日 | Weblog
三年後に景気回復したら消費税増税」という麻生君のシナリオは、現在でも輸出品に関しては一切消費税を払っていないにも関わらず・・消費税からその二十数パーセント(約2兆円)の払い戻しを得ている財界中枢のトヨタ等輸出大企業が目論んでるさらなる消費税強奪の目論見であり、財務省等の特権官僚たちの悲願でもある。翼賛大マスコミのほとんども賛成しているという。

三年後には、2011年からの地デジ化目前に、消費税が上がる前にテレビを・・と何百万台っていうテレビが売れるだろう。景気回復もどきになるのは確実だ。

ところでなんで地デジ化なのか・・と調べたら、これもまたアメリカからの圧力のせいなのだとか。売国奴や守銭奴たちからと、植民地の本国アメリカからの三面・四面の税金強奪なので・・日本人はほんとに辛いなと思う。

NHKが開発した「アナログのハイビジョン」は、今までのアナログでありながら、遥かにキレイな画面を映し出すことに成功したのにあせったブッシュが、忠犬ポチ犬小泉を呼びつけて、アメリカが主導してきた地デジの推進を命令したからなのだとか。

外国資本(オリックス)による国民共有財産の郵政資産の強奪についてはーhttp://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/11ef456ad1c4abf5b6a5083646f83423

ついでに地域通貨についてのサイトをー
◆シルビオ・ゲゼルのロビンソン物語ーhttp://www.grsj.org/manga/robinsonnagashiyomi.html
◆アメリカの経済情報はーhttp://www.grsj.org/index.html
◆その他の地域通貨についてのサイトはーhttp://www.grsj.org/manga/index.html

日本が学ぶべきなのはアメリカなどではなく、キューバではないのか?

2009年01月21日 | 政治
日本が学ぶべきなのはアメリカなどではなく、キューバではないのか?
キューバは、カストロやゲバラが革命をやり遂げてアメリカから独立する前は、若い女性のほとんどが売春婦で性病が蔓延という世界で最も悲惨な国の一つだった。そして独立後はまた、アメリカはじめ資本主義国のほとんどから経済封鎖をされながらも約50年間という長い間生きのびるだけでも大変だったのに・・革命前とは一変して、無料の教育・医療という社会福祉の先進国で、現在中南米では教育水準が最も高い国だという。資源などサトウキビ以外には無いに等しい国だというのに・・

失業者対策もまた同様で、失業者は税金から援助を受けながら大学教育を受けることが保障されているという。憲法や「中間搾取の排除」を規定してる労働基準法第6条「何人も、法律に基いて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」とは正反対の事(「労働者派遣法」)をやっては、世界中に恥さらしをやっているこの国とはなんという違いだろうか?

日本では、災害・解雇・転職・病気・事故等に遭うと、大部分が坂道を転げ落ちるような悲惨な状態になってしまう。もともと先進国中で最低最悪だった様々なセイフティネット(企業が肩代わりしていた面が大きかった)が、小泉・竹中弱肉強食新自由主義のために壊滅的な打撃を与えられ、今や日本のセイフティネットは見るも無残な状態となり、世界一だったアメリカを追い越して、世界一貧富差の大きな国になりつつある。

近未来日本のキーワードは「敗者復活」でないかなと思う。
キューバのように、失業者の誰もが大学で学べるくらいの補助金を出して、誰もがレベルアップ可能にしなければならない。その代わりに就職したらボランティア等を義務付けるとかして・・
自然環境を元のように復活させる事も、自然の「敗者復活」ではと思う。このような荒廃しきった自然の「敗者復活」と、荒廃しきった農業の「敗者復活」での食料自給率アップによってしか・・どんな明るい未来の展望もひらけてこないだろと思う。

国有地をすべて、すべての市町村に新設された職業訓練施設でレベルアップした失業者や若者たちに開放して、食料自給率アップや荒廃しきった山林復興という21世紀日本のグリーン・ニューディールを直ちに開始すべき時代だ。休耕田や耕作放棄地もすべて国が買い上げたり賃貸して、彼ら新しいニューディーラーたちに開放すべきだ。

メッセージ

2009年01月21日 | 日記
最後のメッセージ
日本のマスコミや
政官財は
差別的な言動を止めるべきだと思う

一日君らが
体験してみればわかるだろう
日本人の大多数が
たまたま
君らが仕掛けた蟻地獄のワナにはまって
そこから逃げ出せないでいるのだという事を

人間はみんな同じだ
たまたま君らが
世襲や運良くで
現在の地位にいるに過ぎない

君らは
最初から恵まれたスタート地点にいるというのに
どうして
敗者復活のチャンスさえ
与えられていない人々を
「自己責任」という非情な言葉で
さらに鞭打とうとするのか




旅立ち

2009年01月20日 | 日記
旅立ちの朝は 
四月のべちゃめく道をいっきに
後も振り返らずにだった

ぼくの旅立ちを見送ってくれたのは
ネコ柳の季節を過ぎ
いまや新緑まばゆい
君の家のぐるりの柳並木

とても春までは 
生きられないような気がしていた
また再びのいじめや
「君に受かる大学はない」という教師のことば
いや だからこそ
ぼくはすべてを捨てる決心をしたんだ

森という森からは
タンポポやあまたの花々の綿毛が
空のあちこちへと
冒険の旅に出かける途上

ゴミ捨て場のスイカの皮に
むしゃぶりついてたあの路上生活者は
無事に
この冬を越えられたんだろうか
そう思いながらの
ぼくの旅立ちだったんだ

振り返れば
ぼくらもまた
人生という旅路での路上生活者


ゲバラ別れの手紙の数々からー

2009年01月20日 | 歴史
「フィデル・カストロ宛」
 フィデル。

 いま私は、さまざまのことを思い出している――マリア・アントニアの家ではじめて君に会った時のこと、君が遠征に参加するように私にすすめた時のこと、そして準備の時のあの緊張のすべてを。

 ある日われわれは、死んだら誰に知らせたらいいのかと尋ねられたことがある。その時われわれ全員は死の現実的な可能性に衝撃をうけた。あとになってわれわれは、革命のなかでは(それが真の革命である限り)人は勝利するか死ぬかなのだ、ということを知った。勝利にいたる途上で多くの同志が倒れた。

 いまではすべてにあまり劇的な調子を感じることはないが、それはわれわれが成熟したためだ。だが、いまも生と死は繰返されているのだ。キューバ革命が私に課した任務を私はキューバ国内においては果してしまったように思う。だから私は君や同志や君の人民――それはすでに私のものでもある――に別れを告げる。

 私は党指導部における私の地位、閣僚の職、少佐の階級、キューバ市民としての条件を公式に放棄する。法的には私をキューバに結びつけるものは何もない。ただ、任命書を破り棄てるようにはあっさりとは棄てることができない違う性格の絆があるだけなのだ。

 過去をふり返ってみて、私は自分が革命の勝利を不動のものとするために十分に誠実に献身的に働いてきたと信じている。私に何らかの誤りがあるとすれば、それはただ、シエラ・マエストラの初期の段階において十分に君を信頼していなかったことと、君の指導者ならびに革命家としての能力を十分に理解していなかったことだけである。

 私は偉大な日々を生きてきた。君の傍で力リブ海の危機の輝かしく悲劇的な日々をわが人民の一員として生きたことを私は誇りとしていた。

 あの日々の君ほど輝かしい政治家はほとんどいない。私は躊躇することなく君に従い、君の思考方法に自分を同一化したこと、君と同じ方法で危機と原則を理解し評価したことを誇りに思っている。

 世界の他の土地に私のささやかな努力を求める大衆がいる。キューバの指導者としての責任から君には許されないことが私にはできる。別れの時が来たのだ。

 私が喜びと悲しみの混じり合った気持でキューバを離れるのだということを知って欲しい。私はここに建設者としての私の最も純粋な希望と、私が愛するもののうちの最愛のものを残して……そして、私を息子のように受け入れてくれた人民と別れていくのだ。このことは私の心を深く切り裂く。私は新しい戦場に、君が私に教えてくれた信念、わが人民の革命精神、最も神聖な義務を果そうとする感情を携えていく。そして、どこであろうと帝国主義と戦うのだ。戦いが私の心のすべての傷を十分に慰め癒すのだ。

 もう一度言うが、キューバに関して私はいっさいの責任から解放された。だが、キューバは私にとってひとつの模範だ。私がどこか異国の空の下で最後の時を迎えたら、私の最後の思いはキューバの人民、そして特に君に向かうだろう。君の教えと模範に感謝する。私は私の行動において最後までそれに忠実でありたいと思う。私はこれまでわれわれの革命の外交政策に常に従ってきた。これからもそうしたいと思っている。どこにいようとも私はキューバの革命家としての責任を自覚しているだろう。そして、そのように行動するだろう。私は私の子供や妻に何も残しておかないが、それは別に心残りのことではない。そのほうが私には望ましいのだ。国家が生活と教育に十分なことをしてくれる以上、私はそのほかに何も望まない。

 君とわれわれの人民に語りたいことはたくさんあるが、それはもう必要のないことなのだろう。言葉は私が望むことを表現しえない。これ以上紙をよごすまでのこともないだろう。勝利に向かって常に前進せよ。祖国か死か。革命的情熱をもって君を抱擁する。    
         チェ

泣けるでしょ。ゲバラ決別の手紙。わしなんか書き写しながらオイオイ泣いちゃった。
「とりわけ、世界のどこかである不正が誰かに対して犯されたならば、それがどんなものであれ、それを心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それが一人の革命家のもっとも美しい資質なのだ。」の部分なんか、ゲバラ珠玉のメッセージ。連帯・共闘・打倒アメリカ帝国主義。キューバ革命は天の利、地の利、人の利、それらが絶妙にかみ合って、大成功を収めました。が、これはあくまでも極めて稀な奇跡的革命であるといって良いかもしれない。しかし、ゲバラは飽くなき革命の闘志を燃やしつづけ、アフリカ、南米を転戦。そして、遂にボリビア山中で政府軍に逮捕されます。

「右手でパイプをふりながら、チェ・ゲバラ射殺された」1967年の10月9日、地元の新聞が報道。


チェ・ゲバラ,キューバ革命,キューバの歴史についてー

2009年01月20日 | 歴史
なかなかいいサイトが見つからなかった。
ご存知の方どうかお知らせを!

駄洒落がちときついけど、昨日のネット検索でかなり面白かったサイトはここーhttp://homepage2.nifty.com/GAKUS/hetareron/che.html

《そんな1960年、カストロは国連総会に参加します。わしが思うにこれがカストロの人生の中でサイコーに輝いた一幕・・
    ー中略ー
前年のキューバ革命以来、何度もアメリカの企てる暗殺をかわしていたカストロは、自ら堂々とアメリカへ乗り込んでいったのです。アメリカ側はさんざんカストロに嫌がらせをしますが、それにもめげずに会議に参加するカストロ。何処にも泊めてくれるホテルが無く、国連本部前にテントを張って抗議する一幕もあったり。
結局、ハーレム街のホテルテレサに数千人の歓迎を受けて宿泊することとなったカストロ。滞在先のホテルテレサにはナセル大統領,ネルー首相,黒人運動の指導者ラングストン・ヒューズやマルコメX・・・いや、マルコムXが訪問。アメリカの傀儡政権を倒したカストロに世界中が注目していたのです。ホテルテレサにはソ連のフルシチョフも訪れます。そこで、ソ連はキューバの主な産業・砂糖の95%を買い取ってキューバを支えることとなるのでした。

この時、後にフルシチョフはこういったといいます。「カストロは共産主義者ではない.しかし米国の圧力のおかげで二年後にはそうなるに違いない」と予言したのです。実はカストロは当初、キューバの民族主義者であって、共産主義者ではなかったのです。しかも「カストロは共産主義者である。キューバ革命は共産主義革命である!」と世界に宣伝をはじめたのは、もともとアメリカなのでした。そして、フルシチョフの予言どおり、アメリカは自分の手で自分の敵を作り出してしまうこととなるのでした。

さて、国連総会で発言の機会を得たカストロは4時間半にもわたるアメリカ非難の演説をぶちまけます。まさにそれはキューバを愛する情熱とアメリカの欺瞞に憤慨しての大演説!そして、有名な言葉が生まれます。「帝国主義的金融資本は売春婦であるが、いまやわれわれを誘惑することができなくなった」・・・カストロは金と軍事力、未だに変わらぬアメリカの世界戦略に真っ向から戦いを挑んだのです。
そして、1961年アメリカはキューバと国交を断絶。そして、キューバに空爆を開始、しかし、作戦は失敗。そして、キューバは社会主義国宣言を発表。フルシチョフの予言は二年を待たずに実現してしまうのです・・
    -中略ー
そして、この1961年とはアメリカでケネディ大統領が、国民から圧倒的支持を得て当選した年。1961年、ソ連ではシロツグ・ラーダット・・・いや、ユーリ・ガガーリンが史上初の宇宙飛行士となった年。そして、ドイツではベルリンの壁が一夜にして突如現れた年。将に東西冷戦が決定的な溝を深めた年だったのです。
その頃、ゲバラは何してたのかというとキューバ大使として社会主義国を歴訪し、帰国後工業相に就任しています。しかし、揺れ動く世界情勢、キューバを取り巻く不穏な空気の中で、ゲバラはカストロとの間に何か違和感のようなものを感じ始めていたのでした。》


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四月

2009年01月20日 | 日記
四月が
ぼくのいちばん好きな季節

溶け始めた雪の間から
きらきらの川面が
また今年も顔をのぞかせる頃
「福寿草を採りに行こう」と父が呟く

残雪でまだらになった丘を
幾つも越えて
風の橋を幾つも渡り

ああ今年もやっぱり
同じ川のほとりの雪の間から
福寿草の蕾がのぞいてる

「みてみて!」と
従姉妹の君が指差す先の森には
まるで絨毯みたいな片栗の群落が
風の中でそっと揺れてる

気になる書き込みを見た

2009年01月20日 | Weblog
それはー
《麻生政権では4月から海外投資家達の対日投資に対して、株式譲渡益の非課税にするとあります。
これに呼応して春以降株価上昇が見込まれ、この時点で解散総選挙となると、自民も意外な健闘を見せるのではないでしょうか?》
これを読んだのは「世に倦む日々」ブログのコメントでだったーhttp://critic5.exblog.jp/10216906/#10216906_1

さらにこの上に、小沢一郎党首の冤罪逮捕となると、相当自民党が健闘するのかもしれない。
そうなると日本は、地獄の底へまっしぐらの戦前的な侵略戦争国家化だろう。いや戦前日本というよりも、選挙で合法的に成立した・・ナチスドイツ化というのが相応しい表現かもしれない。

それを防ぐ唯一の道は、日本憲法の遵法しかありえない。とりわけ9条の戦争放棄と25条の生存権の理念を共にする人々の統一戦線しかありえない。目先の利を思う日本人ばかりでそれもほとんど望み薄だけど・・

cafeHP(左ブックマーク最上段)の日記をわかりやすく説明するとー

2009年01月19日 | Weblog
ああそう首相が消費税増税にこだわるのは、トヨタ等の財界大企業からの圧力だろと思う。彼らは消費税を上げれば上げるほど輸出の際の還付金(消費税の二十数パーセントの約2兆円)で黒字になるのだから。消費税を納めてもいないのに還付金をもらおうとは盗人猛々しいと思う。実際に消費税を払った下請企業に還付ならまだ納得だけど・・

この国をこれほどひどい国にした元凶はー消費税にたかり守銭奴と化した大企業・富裕層(前回の消費税増税で法人税減税・相続税所得税減税をやらせた!)や、戦前の陸軍とほとんど変わりなくなった特権的官僚層や、彼らやアメリカに色目ばかり使ってきた売国奴的自公与党政治家連中だったのではと思う。

消費税の秘密が一目瞭然になる「ニラ茶でわかる消費税のからくり」はー(http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/b1262d6748d72903da7ef6e356318f24)さんの記事を全文アップしたい。
これが消費税を納めるどころか・・消費税からの還付でますます肥え太る輸出大企業と、しっかりと消費税を取られる下請け中小企業との格差増大の真秘密なんだから。

《皆さん、ニラ茶を飲んでますか? 最近ではやや勢いも衰えがちですが、発汗作用があり冷えに効くニラ茶、美味しいニラ茶で冬場も安心です。

 さて、今日はニラ茶を使って消費税の仕組みを勉強してみましょう。

 まず、ニラ屋でニラを買ってきます。仕入れ価格¥105。ニラを焙じてニラ茶を作ります。そして販売、小売り価格は¥210

 ニラ屋さんは販売したニラの価格の5%、¥5を消費税として納税します。
 そして私が販売したニラ茶の価格の5%、¥10を消費税として納税します。

 すると、納税額の合計は¥15になります。しかし、ニラ茶の最終販売価格は¥210、必要な課税額はこの5%である¥10だけでいいのではないか?そう考えることもできますね。

 商品とお金が動くたびに、その都度課税するという考え方もあります。その場合、¥105で仕入れたときに¥5、¥210で販売されたときに¥10、合計で¥315とそれに相当する商品が動いたので、その5%に当たる¥15が必要な納税額になる訳です。

 しかし日本の消費税はこのような方式を採用していません。最終的に販売された価格が¥210であれば、その途中にどのような取引があったにせよ、最終販売価格である¥210の5%、¥10が最終的な納税額となります。

 では日本でニラ茶を作った場合です。¥105でニラを売ったニラ屋さんが¥5納税、¥210でニラ茶を売った私が¥10納税、こうすると、¥5余分に納税していることになります。そこでこの¥5が「仕入税額控除」という名前で還付されます。誰にでしょうか? これはニラ茶の材料を仕入れた私に返ってきます。ニラ屋さんが¥5納税、私が¥10納税、控除で¥5が私に還付、そうして最終的な納税額は¥10になるわけです。

 さて、これはあくまで国内販売の場合です。今は国際化時代ですから、ニラ茶を輸出してみましょう。

 まず、ニラを買ってきます。仕入れ価格は変わらず¥105
 そしてニラ茶に加工して海外に販売、$2で売ります。

 ニラ屋さんは売ったニラの代金¥105の5%、¥5を納税します。
 さて私は? 免税です。海外への輸出は免税のため、納税額は¥0
 それから、仕入税額控除を忘れてはなりませんね。¥5が私に返ってきます。

 ここで何かおかしいと思った人はいますか? ちょっと変ですよね、だって私は納税していないのに、なぜか還付金が回ってくる、納税していないのに還付金を受け取っては逆に儲かってしまいます。これじゃぁ税金として変ですよね? でも、税法上はこれでいいのです。¥5を納税したニラ屋さんではなく、ニラを仕入れた私に仕入税額控除として還付金が回ってくる、納税していなくても、仕入れた分だけ還付金が受け取れる、そういう仕組みになっているのです。

 ちなみに輸出の場合は「免税」ですが、これと紛らわしいものに「非課税」があります。何処が違うのかと言いますと、非課税の場合は仕入税額控除が受けられません。医療や福祉に関わる商品の一部が非課税になるのですが、例えばここに冷え性で死にそうになっている人がいるとしましょう。この人にニラ茶を飲ませれば助かります。そこで色々と働きかけてみたところ、医療用ニラ茶が非課税品になったとします。

 そこでまたニラを買ってきます。¥105
 これを加工して医療用ニラ茶を卸します。¥198

この場合ですが、
 まずニラ屋さんは売ったニラの代金¥105の5%、¥5を納税します。
 非課税品目と認められているので私は納税する必要がありません。
 非課税品は仕入税額控除が認められませんので還付金はありません。

 以上のことをまとめてみましょう

・普通にニラ茶を作った場合
 ニラ屋さんは販売したニラの価格の5%、¥5を消費税として納税します。
 私が販売したニラ茶の価格の5%、¥10を消費税として納税します。
 私は仕入税額控除の¥5を還付金として受け取ります。

・海外にニラ茶を売った場合(免税)
 ニラ屋さんは販売したニラの価格の5%、¥5を消費税として納税します。
 私が仕入税額控除の¥5を還付金として受け取ります。
 
・非課税の医療用ニラ茶を売った場合
 ニラ屋さんは販売したニラの価格の5%、¥5を消費税として納税します。

 いずれのケースでもニラ屋さんはニラの販売額の5%を納税しなければなりません。

一方私がニラ茶を売った場合、
 普通に国内販売すれば5%を納税、そして還付金を受け取ります。
 非課税品目として販売すれば納税は0、還付金も0です。
 海外に輸出すれば納税は0、そして還付金を受け取ります。

 そこでニラを¥1050で買ってきます。ニラ茶を10パック作って、4つを国内向けに、6つを輸出用に振り分けます。国内にはニラ茶4パック¥840、輸出用にニラ茶6パック$12。

 ニラ屋さんは¥1050の5%、¥50を納税します。
 私は課税対象の国内向けニラ茶¥840の5%、¥40を納税します。
 私は仕入税額控除として¥1050の5%、¥50を受け取ります。

足し算をしてみましょうか、
 ニラ屋さんは¥50納税。
 私は¥40納税で還付金が¥60、差し引き¥20の税金黒字です。

政府から見るとどうでしょうか、
 納税額は¥50+¥40で¥90、還付金が¥60です。
 国庫に入るのは¥90-¥60で¥30となります。

 政府も大変ですね。

 で、この消費税の仕組みを知ると色々な謎が解けます。

 なぜトヨタやキャノンは儲かるのか?
 なぜトヨタやキャノンと違って中小企業は不景気なのか?
 なぜ大企業の業績は好調なのに税収は伸びないのか?
 なぜトヨタやキャノンが牛耳る経団連や税調は消費税増税に目立った抵抗を示さないのか?

 数値は2004年のものになりますが、トヨタが奴隷労働を駆使して上げた純利益は¥1兆1621、この中から¥332億円を消費税として納税しています。そして仕入税額控除、還付金として¥2296億を受け取っています。トヨタの消費税納税額は差し引き1964億円の黒字です。純利益の17%は税金を「貰った」ことによるものですか・・・

 一方でキャノンが偽装請負などの違法行為を駆使して達成した純利益は¥3433億、そして消費税納税額は¥55億、受け取った還付金は¥773億です。こちらの消費税納税額は¥718億の黒字、純利益の21%は消費税を「貰った」ことによるものとなります。

 ニラ茶の例で述べたように、免税である輸出が多いと、消費税納税額は少なくなります。しかし仕入税額控除による還付金は国内向けであろうと輸出であろうと変わりません。そのため、納税額を還付金の受領額が上回る、納税で黒字が発生する(国から見れば収税で赤字が発生する)逆転現象に至る場合があるのです。

 この納税による黒字は些細なものではなく、トヨタやキャノンでは純利益の2割に相当する膨大な数値となっています。消費税納税によってお金が消えていくはずが、逆に還付金としてお金がどんどん増えていく、それなら大企業が儲かるのは当然の結果ですね。

 しかし、ニラ茶の例を思い出してください。ニラ茶を国内に売ろうが輸出しようが、ニラを売ったニラ屋さんは消費税を納税しなければなりません。ニラ屋さんは還付金を受け取ることなど無く、黙って売り上げの5%を納税しなければならないのです。そういうわけで、海外に販路を持たない中小企業、トヨタやキャノンに部品を納入する中小企業は消費税からは逃れられず、還付金で潤う大企業との格差は広がるばかりなのです。

 ちなみにこの消費税納税の逆転現象、還付金受領額が納税額を上回り、企業が消費税によって「儲けた」額は産業界全体で約¥2兆、これは消費税納税額全体の約2割、法人税納税額の約2割に相当します。これだけの財貨を収税する代わりに、トヨタやキャノンに還付金の名で供与しているわけです。これでは大企業が業績好調でも税収は伸びず、財政再建など夢のまた夢です。

 大企業の出先機関である政府税制調査会では絶え間なく法人税減税が話し合われています。考えることは減税のことばかりで増税の可能性など全く眼中にないようです。しかし、法人税ではなく消費税となると、途端に態度が変わります。法人税増税はありえないが、消費税増税ならどうだろうか、と検討を始めます。何でかといえば、法人税増税は企業の納税額を引き上げますが、消費税増税が企業の納税額を引き上げるとは限らない、むしろ黒字を増やすことになりうるからです。消費税が2倍になれば消費税納税額は2倍になりますが、貰える還付金の額も2倍、元から還付金の方が多いトヨタやキャノンからしてみれば、奥田や御手洗といった連中からしてみれば、消費税増税は収益を増やすものでしかないのです。国民の納税額は確実に増えますがね。》

19歳の地図 (推敲形)

2009年01月19日 | 日記
19歳の春
誰ひとり見送る人もいない夜行列車で
故郷を後にして以来
ぼくだけの地図を見失ってしまった

その頃ぶらぶらしてた
大都会の片隅の映画館で観たのが
中上健次(http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0755.html)原作の「19歳の地図」
それが ぼくの
長い放浪の始まりになってしまった

ほんとのことを言うと
旅の途上でずっと
君のことを思い出していたんだ
新聞配達をやりながら
大学へ通っていた君を
生徒会長をやって
高校中の誰からも愛されていた君
それなのに
真っ先にあの世へと逝ってしまった君を

人っこ一人通らないゴミだらけの裏道を
とぼとぼ歩きながら
「俺の故郷はもう何処にもないんだなー」とふっとため息
廃線のために 
もうその頃はすでに
人間に対して恨み骨髄の熊ぐらいしか
棲まなくなってしまった故郷

故郷のぼくだけの地図の上には
もうあらかた忘れてしまったけど
アイヌ語の地名が
赤いローマ字でびっしり

「鹿を追い落とす断崖」の上に建っていた白い給水塔
淋しくなるといっつも
その数十メートル上に登って 
飽きるまでずっと
ひんやりしたそのタンクの中に身を乗りだして
渦巻く水色を見つめていたっけ

秋には
煙茸をわざわざ踏みつけて歩いた
「影の無い沼」へのほの暗い森の小道

転校してから2年間くらい
ほとんど誰ひとり友達のできなかった頃
休日になるといっつも
釣りに誘ってくれた
ちょっと智恵遅れのM君と
釣り竿を担いで歩いた森の小道

冬の牛乳配達の途中には
降り積もった白樺並木の坂道で
はしゃぎながら
尻滑りした牧場へのでこぼこ道

春には
海へと下ってゆく桜満開の下の
初登山行きの朝の光の中で
初めて憧れのきみと
話すことができたっけ
「何処へ行くの」
「うん、これから山に登るんだ」

道端でひっそりと揺れてたのは
まるできみそっくりの
一輪の白百合の花

注:この推敲形をアップして、昨日の詩の削除ボタンを押す寸前にコメントがあるのを発見したけど、時すでに遅しだった。コメントを書いてくださったのに申し訳ありませんでした。できたらまた、以前の詩とこの推敲形との比較などを書いて欲しいなと思う。