日経ビジネスによると、『個人資産100億円寄付だけでは終わらない、拡大する永守大学改革』という。日本電産、小型・超小型モーターで世界をけん引しているがさらにEV車のトランスミッションの技術も開発しているとか。すごい会社だ。
2020年4月に工学部が発足したばかりの京都先端科学大学。経営母体である永守学園の理事長で日本電産会長CEOの永守重信は「医学部も開設する」と突然、ぶち上げた。個人資産から約100億円寄付したほか、年間10億円の追加負担をしている永守にとって、医学部新設はさらなる負担増にもなりかねない。国内では各地の大学で改革が進んでいる。永守の夢である世界の大学ランキングで上位に入るには、こうした国内先行組をも超える必要がある。大学改革は、日本電産を世界一のモーターメーカーに育てたことに匹敵するような大事業になろうとしている。(敬称略)
中学・高校を抱える京都光楠学園との合併を発表する永守学園理事長の永守重信(左、写真:太田未来子)
理事長である永守重信の突然の発言に、出席した記者はおろか京都先端科学大学の関係者たちがのけぞった。
「いずれは医学部も作りたいと思っている」
2020年4月1日、京都市の同大学本部で開かれた記者会見で永守は突然こうぶち上げた。会見はもともと京都先端大を運営する永守学園と、その前身の京都学園から14年春に分離した京都光楠学園の合併(21年4月1日付)を発表するものだった。ところが永守は両学園の関係者もほとんど知らない医学部構想を打ち上げ、併せて小学校設置の考えまで表明したのだ。
京都光楠学園は、京都学園中学・高校を運営している。幼稚園・保育園も運営する永守学園との再統合に加えて、この場で突然表明された構想が実現すれば、幼児教育から、医学部を含む大学・大学院までの一貫教育の体制を整備することになる。
工学部新設に続く費用負担、どこまで
「まさか」。京都先端大関係者の誰もが驚いたのにはわけがある。同大学は4月に工学部を新たにスタートさせたばかりだが、これには膨大な資金が必要なことが分かっていたからだ。連載の初回で、永守は私財約100億円余りを投じて、大学の再建と工学部の新設に乗り出したと書いた。だが、実際には工学部にさらに資金が必要になり、当初の約100億円以外にも、永守は年間約10億円の追加寄付をしているという。
それだけでも大変なのに、膨大な設備と運営コストのかかる医学部を作るとなれば、永守の負担はどこまで増えるのかわからない。
大学改革にかける永守の夢は広がる。「世界の大学ランキングで2025年には関関同立(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)を、30年には京都大学を抜く」。永守はしばしばこう言う。例えば、英国の教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」の20年版ランキングで100位以内に入った日本の大学は、東京大学(36位)と京大(65位)だけ。そこに割って入ろうというのである。
医学部構想まで描きながら世界の大学に伍していく。永守の夢は際限ないようだが、大学の改革自体は、ここ20年ほど日本の各地で進んでいる。京都先端大の改革は、その1つであり、まず日本の改革競争の中で結果を出せなければ、世界での競争にはそもそも勝ち抜けない。
「大学にとってこの30年、特にここ20年は環境が大きく変わる中で改革をせざるを得ない時代だった」
大学の経営情報や高校教員向けの進学情報などを発信するリクルート進学総研所長の小林浩はこう指摘する。その1つはやはり人口減。1992年に約205万人だった18歳人口は、2000年には151万人、2019年には約117万人に減り、30年には101万人へ半減すると予想される。
国際化、IT化でしのぎを削る大学改革
一方で4年制大学は1990年の507校が2018年には782校に増えている。その約77%が学生の授業料を収入の中心とする私立大であり、普通に考えれば経営は極めて厳しくなる。これまでは大学進学率の伸びで、ある程度学生数を確保できたものの、定員割れに苦しむ大学は増えていった。
さらに2000年ごろからは経済のグローバル化とIT(情報技術)化が一段と進み、その対応が産業界から強く求められるようにもなった。そこで改革の中心になったのが英語やITなどの技術教育を看板にすることだった。
「私立大学の立ち位置がより鮮明になった」と言う小林は私大を大きく4つに類型化する。1つは早稲田大学、慶応大学やMARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)などのトップ校・有名校。これらは海外の大学との提携拡大や文系と理系の融合などデータ経済の時代に対応した新学部開設や教育強化を標榜し始めた。2つ目は、それに次ぐ中堅校で、改革の内容は似ている。3つ目が、グローバル化やIT、技術志向により先鋭的に特化した大学。最後の4つ目は改革が停滞し、将来再編の波に洗われかねない大学である。
京都先端大が目指すのは3番目の類型だろう。このグループで近いようにみえるのは、1990年代から2000年前後に開学した立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)、国際教養大学(秋田市)、会津大学(福島県会津若松市)などだ。国際教養大と会津大は地元自治体が設立に関わった公立だが、立命館アジア太平洋大と創立の発想は似ている。地方の新しい大学ながら、英語教育をはじめとしたグローバル化への対応や、社会の変化に応じた独自分野の教育に力を入れている。
学内からグローバル化した立命館アジア太平洋大学の副学長、横山研治
例えば2000年4月に開学した立命館アジア太平洋大学は、「全学生に占める留学生比率」「全教員に占める外国人比率」を50%以上、「出身国・地域数」を50カ国・地域以上にする「3つの50」を掲げ、学内の環境からグローバル化を推進した。9月入学も当初から進め、ほとんどの講義は日本語・英語から選択できるようにしている。さらに大学院経営管理研究科は、国際的なビジネススクール評価機関であるAACSBの認証を受け、英語でMBA(経営学修士)を取得できる。「中途半端ではない国際大学を作ろうと考えた。多様な文化を持った学生のいる環境で幅の広い視野から知識と思考力を養える」と副学長の横山研治は言う。
永守改革には既に先行する大学も
04年4月に開学した国際教養大学は、学生に1年間は留学することを義務づける。同時に、グローバルビジネスの現場でのコミュニケーション力を高めるために最近重視されるリベラルアーツ教育にも力を入れる。例えば数学を通じて論理学の理論を学ぶ「教養数学」といった独自科目が並ぶ。「1年生は全員が学内の寮に入るなど、集団生活の中で世界のリーダーになれる教育をしていくようにしている」(副学長の磯貝健)という。
学生に1年間の留学を義務づけている国際教養大学の副学長、磯貝健
コンピューター理工学に特化して1993年4月に開学した会津大学は、さらに個性の強さが際立つ。米国に本部を置く電気・情報工学分野の学会として名高いIEEEが示したカリキュラムに準拠して教育内容を組み立てている。これはIEEEが世界の大学にIT分野で教育すべき標準としたものだ。さらに、海外のコンピュータープログラミングの大会に学生が参加することを奨励するなど、意識は初めから世界にある。「授業の4割は英語。2016年にはシリコンバレーにもオフィスを開設し、現地企業に学生がインターンで学べるようにもした」と理事長兼学長の宮崎敏明は言う。
電気・情報工学の米学会が定めた情報分野の学習標準に準拠したカリキュラムを組み立てた会津大学の学長、宮崎敏明
改革を進める大学はいずれも視線を世界に向けている。永守の思いの強い英語教育、グローバル人材育成は、その意味で既に他大学でも先行して取り組んでいるものだ。永守学園副理事長の浜田忠章は17年春、日本電産から派遣されて非常勤理事になって間もなく、会津大学など3大学をはじめとして独自の取り組みを進める私立大学を回った。その中で「特徴のある大学ほど、グローバル化にせよ技術の面にせよ時間をかけて細かいところから改革をしていることが分かった」(浜田)と振り返る。京都先端大学長の前田正史も、立命館アジア太平洋大学や会津大学が使っている、AACSBやIEEEのような国際的な「標準」を重視している。教育内容の充実に加えて、国際的な評価を高めるには、こうした指標のようなものが欠かせないからだ。
もちろんこれだけで外部から認められるわけではない。前出のTHE世界大学ランキングは、永守が重視するものの1つだが、これは13の指標から成り立っている。学生数と教員数の比率、教員数に対する論文数、そしてその論文の引用数の比率といったものだ。
こうした指標を踏まえて順位を上げるには、海外から有力な研究者を集めるといった新たな経営努力が必要になる。先を見据えた各大学が改革に邁進する中で、永守が夢を実現するまでの道のりは、決してやさしいものではない。