ドメイン管理やサーバーの貸し出しなど、インターネットインフラ事業の国内大手。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、日本の産業界ではいち早く全社規模の在宅勤務に移行した。およそ3カ月にわたる取り組みを通じ、在宅勤務の良い点と難しさとが浮き彫りになっている。
4月6日午前11時半。ビデオ会議システム「Zoom」に、GMOインターネットのグループ幹部、150人が次々に接続し始めた。出席者がそろうと、画面の向こうで熊谷正寿会長兼社長が呼び掛けた。「創業以来、我々が培ったマインドをここに宣言します──」
社是・社訓に当たる「スピリットベンチャー宣言」の冒頭部分だ。「グループ一丸となり大いなる夢を実現していく」「幸せになろう、成功しよう、“1番”になろう」。その後の文言を幹部たちがリレー形式で読み上げた。
毎週月曜日に開く定例の幹部会はいつもこんな調子だ。かねてZoomを活用していたが、1月までは自宅からアクセスする幹部は少数だった。今は全員がZoom経由で参加している。1月26日以降、新型コロナウイルスの感染拡大に備え、グループ全体で在宅勤務体制に入っているためだ。
この2時間半前の午前9時にはGMOインターネットの役員や主要子会社の社長級に絞った経営会議をZoomで開催。現在の在宅勤務は非常時の措置だが、平時に戻った後も週5日勤務のうち、2日程度の在宅勤務をグループ従業員に推奨すると決めた。フリーアドレスのオフィスと組み合わせることで将来の家賃を40%削減する方針も確認している。
GMOインターネットはインターネット上の住所表示に当たるドメイン名の登録・管理やサーバー貸し出しといったネットインフラ事業の国内大手。「○○.co.jp」「○○.com」など国内のドメインのおよそ9割を管理する。設立は1991年でネット関連企業では古株だ。連結で約6000人の従業員がいる。
「病院に人があふれている」「看護師さんが泣き叫んでいる」。1月16日、中国・武漢市への渡航後に帰国した男性が新型コロナウイルスに感染していることが確認された。ネット上で武漢の様子を調べた熊谷氏は現地の混乱ぶりに言葉を失った。
2002~03年の重症急性呼吸器症候群(SARS)を上回る流行になるのは間違いないのに、日本で入国規制は始まっていなかった。GMOのグループ本社はインバウンドが集まる東京の渋谷だ。「パートナー(従業員)をこれまで通りに出勤させるわけにはいかない」と判断し、1月27日から渋谷区、大阪市、福岡市のオフィスに勤務するグループ従業員4000人(国内従業員数の9割)を在宅勤務に切り替えた。
●GMOインターネットの新型コロナウイルス対応
横やりが入らないメリット
2月中は会社指定マスクの着用などを条件に、4000人のうち1日に1000人程度の従業員が出社していた。感染拡大を受けて出社を許す条件を徐々に厳しくしている。3都市以外に対象地域も広げ、4月下旬の時点で出社人数は1日100〜200人程度に減っている。
経営会議や幹部会議のほか、3月30日には株主総会もネット中継して約1000人が視聴した。会社法で設置が定められた会場に姿を見せたのは質問意欲の高い株主、18人だけだった。4月1日には約170人を迎えてグループ入社式をZoomで開いている。本来は1カ所に人が集まるはずの会社の運営のほぼすべてをネット上で代替し始めた。Zoomは安全性の問題も指摘されているが、「パスワードを設定するなど適切に運用している」(同社)としている。
緊急事態宣言と前後して日本企業で始まった在宅勤務の取り組みで2カ月ほど先んじたGMO。数千人規模での在宅勤務が4月末までで3カ月にわたって続くという前例のない実験に、「うまくいくものなのか」という問い合わせが取引先や株主から相次いでいる。
利点と課題はこの間の運用で既に見えてきた。最も良い点はやはり通勤がないことだと社員の多くが口をそろえる。3月初旬の社内アンケートでは「家族と過ごすことができる」「勉強する時間を取れる」との声が出た。
仕事の生産性も高まっているもようで、「突発的な横やりが入りづらくなったため資料作成や考え事をするうえでは効率が良くなった」との声が聞かれる。職場の雑談も自分のタイミングでなければマイナスになることに多くの社員が気付いたようだ。朝起きてフレッシュな頭の状態ですぐに集中して仕事に取り組むメリットも大きいという。
一方、課題も鮮明だ。アンケート調査では、回答者の3割弱が「在宅勤務での業務に支障があった」と答えている。
IRを担当するグループコミュニケーション部の冨山直子アシスタントマネージャーは2月の19年度決算発表後、「対面を望む投資家も多く、対ウイルス用マスクをつけて訪問や来社対応をした」。株主総会に向けた準備でも法定書類の作成や読み合わせなどオフィスに集まらなければ進めづらい業務も多かった。「株主総会の直前まで週の半分は出社していた」という。
こうした外部との接触は、平時に戻れば必要なものは再開すれば済む。ただ、ウイルス危機がいつまでも去らなかった場合にどう対処するかは整理し切れていない。
●在宅勤務に関する従業員へのアンケート調査結果
人と人の付き合いは重視
社内アンケートでは金融事業を担うグループ会社などで業務に支障があったと答えた従業員が半数を超えた。金融事業は関連情報の多くを規則上、社外に持ち出せず、書類へのなつ印が必要となるケースも多い。現状で従業員は交代制での出社を余儀なくされている。コールセンターでも対面の研修ができず、人員を増やせない問題が浮上している。
「家に仕事用デスクがないので床座で業務をこなしている」。システム本部海外事業推進室の松下英紀アシスタントマネージャーは言う。松下氏は係長に相当するネットワーク系エンジニア。GMOは自社サービスを内製するため松下氏のようなエンジニアやデザイナーなどが従業員の46%を占める。
会社が用意したVPN(仮想専用線)は充実している。一方、技術系集団がぶつかった問題は家庭でのPCやモニター、机、椅子といった物理的なものが多かった。費用の持ち出しがあった社員も多く、家にいるので光熱費も増える。費用と会社の負担という問題もいずれ解決しなければならなくなる。
GMOインターネットは10年代以降、生産性を上げながら社員に利益を還元するため食堂や託児所、マッサージルームや昼寝スペースといったオフィスの設備を充実させてきた。こうした特徴的な経営は社員から支持されてきたが在宅勤務で意味が薄れてしまう。熊谷氏は当面、「浮いたオフィス光熱費を従業員に分配する」としている。
在宅勤務の開始当初に目立ったのはこうした対面の回避、デバイス整備、費用、運動不足といった物理的な問題だ。3カ月が過ぎた今、対人関係や、集団に所属するがゆえに本来は得られていた満足度が下がっているのではないかという難しい問題も顕在化している。
有価証券報告書によるとGMOインターネットの平均年齢は35.3歳。1人暮らしで寂しいという声も寄せられる。業務で使うチャットツール「Chatwork」には雑談用コーナーもあるが、文字だと冷たい印象を与えてしまうこともある。システム本部では「朝夕2回はZoomで顔を合わせ、金曜夜に出入り自由のZoom飲み会を開いている。10人から数十人が参加する」(松下氏)という。各部署ごとのこうした取り組みが増えている。
●従業員のコミュニケーションの取り方の一部
この春の入社組は中途も新卒も研修を終えると在宅勤務に入る予定だ。しかし顔を合わせなければ真の組織の一員にはなれないだろう。従業員の働きぶりや内面の葛藤を分析した経営陣が出した答えが、4月6日の経営会議で決めた平時の「在宅週2日の推奨」。在宅で生産性を高めながらヒューマンの部分も重視すると、現状ではこれがベストの働き方と考えている。コロナ後の会社がどんな姿になっていくかを経営陣は注意深く見つめる考えだ。
GMOは在宅に切り替える環境が整っていた。東日本大震災を機にBCP(事業継続計画)の一環として在宅勤務の訓練日を取り入れていたためだ。
仕事を誰が誰に依頼し、どこまで進んでいるかを管理する自社開発のシステムを持っており、リレー形式で仕事を回してきた。業務の締め切りや報告の期限を分単位で確認する長年の習慣もある。それが今生きており、互いに顔が見えない状況でも段取りは正確だという。「在宅勤務がうまく回っているのは組織が良い習慣を持っているからだ」と熊谷氏は自賛する。
冒頭で紹介した幹部会で社是を読み上げるのは、クリスチャンである熊谷氏の経営方針だ。こういう空気になじめないビジネスパーソンも多いだろう。しかし、理念の共有を重視する経営スタイルは、未曽有の疫病クライシスに全社一丸で対峙する方向へと会社を導いているようだ。
利点も課題も浮き彫りになりつつある在宅勤務。少しの工夫や努力次第で、会社がいい方向に回るかどうかさえも左右しかねない。GMOの取り組みは、未知の働き方に挑むほかない日本企業にとっても参考になる。
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