最終章だけど、、、

日記や趣味を書く

サラダ記念日は7月6日に続きます

2020-06-09 15:11:45 | 日記
暑いですね!
こちらはフェーン現象なのか、いつものように海からの、ではなくて、南風がなまあたたかく降ってきています。どうやら、珍しく、日本海側がより暑いらしいです。豊岡とか松江で35℃だと報じられています。
仕事でもない限り、それこそ不要不急の用くらいしかない私は、朝からゴミ出しだけですので、外気の暑さ加減はわかりません。
みなさま、この暑さはまだ続くようですので、どうぞ御身お大切に。

ところで、先の『サラダ記念日は7月6日』でいただいたコメントを読みながら、イランのブーゲンビリア、そして沖縄のブーゲンビリアを見たくなりました。
ヤフー写真館?みたいなサイトからいくつかご紹介します。

イランの部





沖縄の部




色は色々なのですね。白いのもあるのを初めて知りました。
私が目にしたのは濃いピンク、でも朱色のような、赤いようなのもありますね。

俵万智さんが、花束の如く着るブラウスの色はどんなだったのでしょう。

ブログ友さんも仰っていましたが、私もこの花の鉢植えを育てたいです。
観葉植物もどんな花も木も鉢植でうまく育ったためしのない植物オンチの私では、自信は全くありません。でもその気で園芸店など、いえ、ホームセンターでも、覗いた折にこの花と出会うことがあったら、迷わず手に入れたいです。あまり大きくなくて、冬の間は室内に運べる程度のものを。

きっと見る人をほっこり幸せにする花なのですね。もっと熱く かしら(笑)

花言葉は
ブーゲンビレア全般的な花言葉は「情熱」「熱心」「魅力」「あなたしか見えない」「あなたは魅力に満ちている」「秘められた思い」「私はあなたを信じます」「ドラマチックな恋」という意味があります。
ピンク
「魅力がいっぱい」、「あなたは魅力に満ちている」という意味を持っています。
こちらも情熱的で、ピンクが好きな女性に喜ばれる品種です。母の日でも人気の色味です。

「熱心な気持ち」、「あなたは素敵」という意味を持っています。
情熱的な意味に加え、白色が持つ清楚さをアピールできると思います。


コメント (8)

サラダ記念日は7月6日

2020-06-08 22:06:45 | 日記
そして昨日は6月7日でした。
7月6日になると、きっと、少なからずサラダ記念日が話題の一つになるような気がして、
気が早いですが、今日はちょっとこの手の話題を。

ご存知 俵万智さんのあの短歌、
〈『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日〉
斬新な切り口でした。
いろいろ物議をかもしだした作品であり、俵万智ワールドでもあります。
私自身は、短歌、俳句、など韻文の世界はまるで縁がなくしたがって、知識も感性
ももちあわせていません。
好きかどうかだけです。分かりやすくて、好きです。

さりげなく家族のことは省かれて語られてゆく君の一日
ブーゲンビリアのブラウスを着て会いにゆく花束のように抱かれてみたく
「愛は勝つ」と歌う青年 愛と愛が戦うときはどうなるのだろう
何層もあなたの愛に包まれてアップルパイのリンゴになろう
「今いちばん行きたいところを言ってごらん」行きたいところはあなたのところ


等々好きな句はいくつでも挙げられます
朝日新聞の日曜版に、恩師佐佐木幸綱先生と同じ紙面で、日曜歌壇?の選者として、これまた個性的なストレートな一般人の投句の批評をされている視点も面白かった。

コロナとは無関係にコロナのコの字の気配もないころから、世界一短い詩という日本文学の極みの世界にあんまり関心がなくなって、俵万智さんのことを思い出すことも少なくなっていた。

暑かった今日、夕刻に、かつてデパートだった建物の1階のコーナーに当市では老舗のコーヒー店があるのを見つけ、ちょっと入ってみました。
私は紅茶党、だけど、食後などには、エスプレッソを楽しむくらいに大人に?なってきたつもりです。
ホイップした生クリームも入れるから決して大人でもありませんけれども。
その重厚仕様の喫茶コーナーは、どうやらコーヒーのみらしかった。
よく見ると、アイスコーヒーとコーヒーフロートもあったので、やや迷い、アイスコーヒーに決定。
ただし、ベイクドチーズケーキも忘れずに注文しました。アイスコーヒーにガムシロップを入れようが、ミルクを入れようが、私には苦いのは心得ていましたから。

お店自慢の唯一スイーツのチーズケーキは小さくて味も軽めでちょうどよかった。
アイスコーヒー、歩いてそこまでたどりついた身としてはおいしかったものの、やはり苦い。そして、つらつら思い出す人がいた。
夏はもとより、冬でもいつでもコーヒーはアイスを頼む人がいる。
ごくまれに時間を共有できたお決まりの喫茶店で、私はおつきあいにコーヒーを頼んだ記憶がありません。コーヒー専門店なのに、わきまえず、紅茶を頼んでいたかもしれません。
次に会えるのはいつのこと?
もしかしたら、会いたい、話したい、思いのたけを、と心ばかりは膨れていくけれど、現実は、そう容易に会えないのかもしれません。

ブーゲンビリアのブラウスを着て会いにゆく花束のように抱かれてみたく
この句をもう一度、載せましょう。私は自分で言うのも変ですが、とっても貞淑な家庭人です。
だからこそ、なぜか心の中は、無限に、想像が膨らむのかもしれません。

ブーゲンビリアは紙でできた花のように、飾りもの感があった、現物を木に咲くのを見たのは、宮崎?神戸?シンガポール?確かにこの目でしかと見ました。



コメント (16)

宅急便考 更に、付記します

2020-06-06 15:16:42 | 日記
みなさま、こんにちは。
暑さはこのまま続行するらしいです。
マスク装着しての移動は、たとえゆっくり歩行でもしんどくなりますね。
コロナ氏にとっては、高温は喜ばしくないらしいので、それはそれでいいのですが。

さて、朝からちょっと思うところがあって考え込んでいました。
正確には、お昼過ぎからです。
私にとって、ケータイの存在は、それほど生活に深くはびこっていないので、充電しがてら、
あるいは前日の外出のバッグ内のまま、どこかしらに置き去りにしていることも少なくないのです。
とはいえ、ケータイを使用してから25年、今ほど特定の人(ケータイに登録してある人)はケータイ以外から発信しない、固定電話はかけてこないことを実感することはありません。
つまり、ごくまれにかかる固定電話はほぼ知らない人から、電話商法の類のものばかり、ということです。

お昼過ぎに、そこそこ親しい人(相手が私を必要としたとき一方的に電話してくる人、掛けてくると長いです)からの不在着信が入っていました。コールサインに気づかなかったのは、たぶん、物干し場にいたころだったから?こっちからかけなおす気にはすぐになれず、ショートメールでも・・・とメールのボタンを押しました。迷惑メールが入っているのに気づいて、受信箱をクリック。宅配便の不在を知らせるメールでした。いつもは、電話で知らせてきますし、担当者の方の名前で私も登録しています。ちょっと変な気もしましたが、記載されているURLにとんでみました。すると、アプリを更新しないといけない、とあり、はい、に。次の場面は、これ以上アプリの更新はできません、の知らせでとまります。
しかたがないので、PCにURLを入れて検索。動きません。このへんで、偽URLだと慌てだし、そのURLで被害にあった人の悲しみの?困った?声でも聴けないかと、ネット検索してみました。宅配便の不在を告げるSMSはありません、との3社の案内も目にしました。
私のケータイはガラケーなので、相手の思うつぼに入ることができなかった、という皮肉。一応今のガラケーは、Wi-Fiで、あるいはデータ利用でインターネットにはつながります。が、容量は全くけた違いに小さいので、ちょっとしたアプリも先に進めない・・・らしい。私自身、電話とメールくらいがケータイ利用の主目的なので、どんなふうにダウンロードして、、、なんて知恵を持ち合わせていません。
そっか、ネットにつながるって次々新手の詐欺、詐称との闘いでもあるのだわ、と妙に神妙に頷く私です。
ムスコ夫婦は、親に似て?でもありませんが、ケータイにかけても出ないことが多いので、自宅の固定電話にかけますし、あちらも、父のでもなく母のでもなく、ケータイを避けて我が家の固定電話にかけてきます。その固定電話も(我が家はホームテレフォン時代は5か所電話機がありましたが、今は、一台は固定、他の二台はコードレスの三台になりました)コールサインに気が付かないこともあります。耳が悪いとは思わないのですが、タイミング次第では。

固定電話には電脳はあんまり入ってこない。メールがこない利点、を初めて悟りました。
まあ、昔々の豊田商事事件のような落とし穴はないでもないですし、ずっと続くオレオレ詐欺もケータイのはあまり聞きませんが。

一応迷惑メール(ふつうは開くことはありませんが、最近不在連絡の行き違いで、滞っている品が一件あったというのが不注意行為につながりました)をクリックしてそこで示された場所もクリックしたから、なんとなく気持ちが重いのでした。

こうして、ネットの世界で、大切なブログ友にもめぐり逢い、しあわせのおすそ分けもいただく毎日ですが、本当にちょっとしたものも送ることができない制約された環境、どうしたら、リアル交信ができるのでしょうか。

日本一と称号をいただいた例のお菓子やますずし、など、ここでお知り合いになったみなさまに、進呈したいのに、突破口がなかなか見つかりそうにありません。

追記です
考え過ぎるのをあっさりやめて、夕刻は陋屋にて仕事のめどをつけました。
仕事を10分したら冷蔵庫を開けるのはいつものこと。
今日は庫内の奥に少なくなった紅茶のリーフの入った小さい箱を発見。
入れてみましたら、とっても甘い味がしました。ウィーンのバラという銘柄。
本来はデミタスカップかもしれませんが、紅茶に使ってみました。
kutani crane wedgwoodのボンチャイナです。久谷焼の絵柄で鶴なんだなぁ、とこれを購入した時のことも思い出し、何気なく、写真の練習も。
昨日話題にしました鳥羽玉も思い出した高台の器に入れて、お口にも。

お昼の不愉快、不可解事件?もさっぱり忘れ、ウィーンのバラから、やがて、ウィーンフィルに思いを馳せ、ああまたオーケストラの生演奏を聴きたいなぁ、と前向きな気持ちになれました。私が行けるのはせいぜいアンサンブル金沢の定演くらいですが、それで十分です。早く、金沢駅前の音楽堂で酔いしれたい。

こうして仕事も少しははかどり、六月のバラ、紫陽花と期待も生じています。
みなさまも、それぞれに心地よい週末をお過ごしになってくださいね。
そうそう、写真の添付を。見苦しくなっていないといいですが。室内でしかも明るさが怪しい




最後の写真です。後方、床の間後ろに小さく見える香炉がお判りいただけますか?
これぞ、本場の九谷焼です。石川県の金沢の西隣、大聖寺とかいうところが発祥の地である優雅な絵付けと鮮やかな色彩が愛されている焼き物です。この香炉は古九谷ではありませんが、伝統の絵柄で、もうこの家に百年以上愛用されてきました。
ウェッジウッドのクタニ クレーンとはまた趣が違います。
そこも意識して撮った写真ではないので、小さすぎますが、以上、雑感まで。



コメント (12)

ぬばたま

2020-06-05 14:01:18 | 日記
ぬばたまとは・・・
ぬばたま」とは、黒くて光沢のある、檜扇(ヒオウギ)という植物の種子のことです。あやめ科に属する植物で、「ぬばたま」は漢字で、射干玉・野干玉・烏玉・烏珠などと書きます。
黒いことから髪の枕言葉として用いられるようになったのでしょう。髪のほかに「黒」「夜」「夢」などの言葉にもかかります。

「ぬばたまの黒髪変り白けても痛き恋には逢ふ時ありけり」
黒い髪が白髪になっても手痛い失恋はするののだ、という意味でしょうか、早い話、老いらくの失恋歌です。

以上理美容ニュースの最近のサイトから借用しました。
私が昨日口にしましたお菓子が、ほかならぬ うばたま。漢字で烏羽玉です。うばたまはどうやらぬばたまからきているらしいです。
このお菓子を作っている京都の老舗和菓子屋さんの亀屋良長さんのHPのお菓子にまつわる小話というところからこれも一時借用させていただきます。

「ぬばたま」というのは、黒・夜・夢にかかる枕詞で、「ぬば」という語は「黒い~」の最も古い言葉とされています。
当も転訛してその名がつけられたものです。

弊社には、明治時代の烏羽玉の配合帳が残っています。
今より大きく、砂糖の割合も多いです。
長年作り続けてきた烏羽玉。
その大きさ、味、見た目は時代の変化に応じて少しずつ変わってきています。

現在の姿は、つややかなまん丸の餡玉に、けしの実が装飾されている意匠。
これ以上ないシンプルで美しいデザインではないでしょうか。

そして同じHPから張り付けさせていただく烏羽玉(うばたま)でございます。

昨日、陋屋に出向きまして、実際にいただきましたが、食べる行動と撮影とがいつも連動しない癖、要は、食べてしまってから、そうだ、写真だった、と思うばかりで昨日も
な有様です。
ただし、器(たち吉の七宝焼の六角小皿、ムスコの入学内祝いとしていくセットか購入?)の中には一個だけ。それを食した後だったので、恥ずかしくて急遽、折り紙で小箱を作ってごまかした  笑)

実際のヒオウギの実はもっと小さいはずです。夏お盆のころにヒオウギはよく一種生けした花材です。秋には身をつけますが、小さく複数でついていたような記憶があります。

お菓子は月曜日贈られてきました。
ムスコ夫婦から、父兼母の日の祝いとしてです。

お菓子以外に、ゆばかゆ、黒七味、お茶各種、など、少しずつ詰め合わせられていました。
例年も、二人で焼いたクッキーとか、お揃いのソックス(高校生でもはける若々しい柄の)、などささやかですが、嬉しいプレゼントを贈ってくれます。
ムスコの勤務先のかつての本社が鳥羽という場所にあり、それはとばと呼ぶ歴史にも知られるところです。移転してほど近く、今の本社も九条か十条。京都駅の南側のあまり京都に似つかわしくないところ、東寺があるので、罰当たりなこともいえませんが。
とば が、 うば になるのに何か理由はあるのでしょうね。音便でもなさそうですけど。。。

贈られてきた夜にムスコ宅へ電話。およめちゃんは、締め切りの仕事の最中で、あとでまた・・・と元気いっぱいの声でした。その後2時間ほどして彼女から近況報告を兼ねた長い電話があり、楽しく仲良くやっていることがよくわかりました。
日付変わって12時半ごろ、ムスコからも電話。ハンズフリーの車内から。ずっとテレワークだけど、今日はどうしても会社での急務ができて、と車できていたらしいです。在宅勤務の効率があがり、仕事にかなり没頭している様子で、こちらも充実感がうけとめられました。
父親はムスコの仕事の話が大好き。あとで伝えると何度でも聞きたがるので、電話自体を代わって納得のゆくまで話すよう、促します。と言っても男同士は簡単なものですが(笑)

暑いですね。今日は本来私のハートクリニックの予約日ですが、外へ一歩出ただけで、くらくらしそうな日差しでしたのでいったん出控えました。
もう少ししたら陋屋経由で夕方のお医者に間に合わせようと思います。診察はノーサンキューでおくすりの処方だけ、ぎりぎりに間に合えば、それができるかと。確信犯ですね。
例の八重どくだみのプランターに先ほど水をたっぷりあげました。

さすがに普通のどくだみにはお水はなし。
近くにはユキノシタも盛んです。


この後行くはずの陋屋の中門(というほどのものじゃなくて、いわば内玄関)ここにコーg-の置物のわんこ、コーちゃんが座っています。

スズメたちのごはんは、紅茶の空き缶につめていつでもあげられるように。下は、くず米が10キロ入ります。

涼しそうに見える玄関というより、前座敷入り口。やっぱり2,3℃は涼しい気もします。

今からこの陋屋を目指して炎天下を日傘ででかけましょう。むこうに、長期臨時休校中の課題プリントが数百枚束ねて保管されています。少しずつチェックして、点数化もしながら、できなかった中間考査の評価の一部代わりとする作業・・・これこそ在宅勤務ですけどぉ。ま、ボランティアではありますが、生徒さんたちの頑張りに敬意を表してこちらも頑張るとしましょう。お医者で診察受けないで済ます言い訳にもなります(こっそり本音を)

コメント (10)

ドクダミの花たち

2020-06-02 21:36:01 | 日記
こんばんは。

星野富弘さんの作品の中から絵ハガキです。作品集やカレンダー(捨てずに保存しています)絵ハガキなど一時期、いただいたり、自分でも求めたりしたので思いがけなくそこそこの量がありました。

思い出したように今日取り上げるのは、花シリーズの中でも「ドクダミ」が画材です。
書かれている詩の最後、おまえの花 白い十字架に似ていた というところが好きです。
ドクダミの花を十字架だと思われる星野さん、事故のためにそれまでとは全く違った人生を歩まれることになったのは知っている、入信されてることも。

ところで、ドクダミですが、はっぱがハート形、花は星野さんに言われてみると十字になっている、そして独特の強烈な香り。
日陰に、あるいは、ちょっと湿っぽいところに、まああんまり目立つ場所には咲いていない、どこか芯があり、花であることを自らが主張していないような 地味な存在。

数年前、ずっと探していた八重咲のドクダミの花に出会った。市道でもなく、公道でもない、泥をあげとくような、家と家の間の数10センチの道で、ひっそり、清らかに、匂いだけはあの匂いを発して、10本くらいの集団で咲いていた。
ポリ袋を持っていたので、根っこを2,3センチつけて、3本寸借した。自分の心づもりでは、もしうまく自分のところで根ついたら、またそこに新たに植えにこよう、と、あくまでお借りしたわけです。

それから数年、見事に自宅の八重ドクダミ、絶えました。
あの小路もそれを求めてこの時期何度も通ってみるも、影形もない。。
それどころか、腰のあたりまで、根っこの強いまあ世間でいう雑草がはびこって進むこともできなくなっている。

八重ドクダミは、ドクダミの異体化したものらしいので、何かの拍子に先祖返りして、オリジナルドクダミに戻ってしまうこともあるとか。
以前に確かに植えた部分に小さな小さなドクダミのはっぱを見たので、今しばらく観察し続けようと思う。

昨日のこと、我が家の前の通りを200メートルほど北に行ったところに、もうこの数年空き地になって荒れ果てている土地の前を通ったとき、溝蓋のコンクリートの間から、八重ドクダミがへばりつくように生息しているのを発見した。
周囲には2,30本はこの植物が根ついている。誰に断らなくても大丈夫、のはず。花泥棒の勝手な言い草です😢
そして今日、まさか、シャベルまでは持参しなかったものの、根っこを引くのを決行しました。
いつかもご紹介した4百坪もあるご近所の空き地に電柱を入れる工事をしているおじさんたちが見ている気もしたけれど、それはそれ、勇気を出して、数本引くことに成功した。
家に帰って地植えは避けて、プランターに植えてみた。
今度はうまく根がつくといいな、暑さを忘れてひとつことに没頭した日中のひとこまでした。


今日植えてたっぷり水をもらった八重ドクダミです。思いっきり接写して注意深くシャッターを押しました。キャパの小さいガラケーの、何より、日ごろのあのぼけまくりの私にしては、だいぶマシだと思うのでした。

今夜は12時半から午前5時まで作業停電になるそうです。夜の帳のなか、3か月ぶりにまってくださるママさんのもとへ、先ほどでかけた我が連れ合い、いつも、マイカーで行き帰りは代行ですが、私がこの停電に出がけに気づいて、大変感謝されました。連れ合いのクルマはビルトインのガレージにあって、入り口は電動シャッターなのです。停電を知らなかったら、手動ででもできるのですかね?とりあえず、シャッターを全開にして、そのまま家の裏玄関に通じるドアにカギをかけていきました。そのカギを10年くらい前に所定の位地(ガレージ内の下駄箱の上)にない、ない、と大騒ぎしてだいぶ私が叱られた、いわくつきのカギ。カギちゃんと例のとこにあるかしら?との私の言葉に探してみるも空振り。。。玄関の門のカギをかけて寝てくれ、と言いつつキーホルダーをまさぐった家人の手にした内玄関のドアカギ。ほっとしました。こころおきなく、夜の街の散策にお出かけになっって、、、私はそうそう、お風呂お風呂、ドライヤーのこともあるし、こんなことしてる場合じゃないですね!

コメント (8)