国際情勢の分析と予測

地政学・歴史・地理・経済などの切り口から国際情勢を分析・予測。シャンティ・フーラによる記事の引用・転載は禁止。

「村上ファンド代表逮捕についての論考」  植草レポートPLUS

2006年07月01日 | 日本国内
2006.06.06
第9回「村上ファンド代表逮捕についての論考」
 村上ファンド代表の村上世彰氏が証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で逮捕された。ライブドアがニッポン放送の株式を5%以上取得する意思を持ったことを知った後に、ニッポン放送株を購入したことが容疑事実である。
 私は村上氏の東大教養課程時代のクラスメートである。同じクラスメートである元警察官僚の滝沢建也氏が村上ファンド設立時からの同社ナンバーツーであった。村上氏、滝沢氏はいずれもすこぶる頭脳明晰である。とりわけ滝沢氏は人格的にも非の打ちどころのない人物で、多くの級友の尊敬を集める存在であった。
 村上氏は最近多くのジャーナリズムで紹介されているように、幼少のころから株式市場に対する強い関心を払い続けてきた人物である。株式投資は村上家にとっての重要な事業のひとつにもなっていたと、学生のころ私も直接聞いている。彼は企業の財務内容を徹底的に調べたうえで、株価が一株あたり純資産を大幅に下回っている企業を数多く発掘していた。
 通産官僚を辞してM&Aコンサルティング(MAC)を立ち上げたとき、多くの級友は、ついに彼が元来もっとも強い分野に進出したと得心したものである。新事業を創設するにあたって、学生時代から村上氏がもっとも敬意を払っていた滝沢氏が招かれたのだと考えられる。
 滝沢氏は法律の専門家でもあり、冷静沈着な行動様式を備え、MACの事業の法令遵守面を統括してきたのではないかと考えられる。インサイダー取引規制などには、文字通り「水も漏らさぬ対応」で細心の注意を払い続けてきたと考えられるが、そのなかで今回の事件が発生してしまった。
「上手の手から水が漏れる」、「弘法にも筆の誤り」が事態を表現する比喩としては妥当ではないかと思う。社交家である村上氏は親しい友人を招いて自宅でよくパーティーを開いていた。ライブドアの堀江前社長とは住居が近接していることもあって頻繁に接触を持っていたと思われる。
 ニッポン放送とフジテレビとのいびつな資本関係に着目し、ニッポン放送株に目をつけたのは、村上氏の類まれなる感性と調査能力によるものだったと思われる。村上氏はニッポン放送を支配すればフジテレビの支配も不可能ではないとの構想を堀江氏にも語り聞かせたのだと思われる。その影響を受けてライブドアはニッポン放送株式の大量取得方針を決定した。この情報の流れのなかで村上ファンドはニッポン放送株式を大量に取得したと考えられる。
 村上氏が説明するように、これらの経緯は、結果的に証券取引法の規定に抵触する。コンプライアンス(法令遵守)に細心の注意を払っていたはずの村上ファンドが、なぜこの部分を自制できなかったのかには疑問が残る。
 村上氏は日本の株式市場に広範に観察される「ゆがみ」の是正を強く訴えてきた。その訴えには正当なものが数多く含まれていた。企業と企業が大量に株式を保有し合い、馴れ合いの関係に陥れば、持ち合い株式以外の株式を保有する本来の企業株主の意向は無視される傾向が強まる。村上ファンドは問題が多いと考える企業の株式を大量に取得し、株主総会等を通じて企業経営者に経営方針の変更を強く求める行動を繰り返した。
 こうした行動が、企業経営者に対して警鐘として鳴り響いた効果は極めて大きかったと考えられる。この意味で、村上ファンドの功績に非常に大きいものがあったのは確かである。だが、ファンド組成の最大の目的は投資パフォーマンスの追求にあった。これはファンドとしては当然のことである。株価が各種指標から見て割安と判断した場合に当該株式を大量に取得する。村上氏の選別眼が非常に優れていることから、やがて村上ファンドが大量所有したとの情報そのものが、株価上昇の直接の要因になっていった。
 こうなればファンドとしては連戦連勝となる。こうしたファンドとして異例の急成長を遂げた最大の原因が村上氏の能力にあったと見るのは正当な評価であろう。だが、投資パフォーマンスの「過度の」追求に落とし穴があったのではないだろうか。ライブドアが本格的にニッポン放送株式取得に向かう動きを取れば、フジテレビサイドの対抗措置ともあいまって株価が急騰する蓋然性が高いと判断するのは当然である。
 だが、ライブドアによるニッポン放送株式大量取得意向の情報を村上ファンドが事前に把握していれば、当然インサイダー取引規制との絡みが問題となるはずである。この部分のチェック体制に緩みが生じたとすれば、それは投資パフォーマンス追求にバランスがかかりすぎた結果であったと判断されるのである。
 この意味で、村上氏の説明は概ね妥当であると感じられる。違法性の認識があったのかどうかの点についての村上氏の釈明には釈然としない部分が残るものの、事後的に一連の経緯について法令違反を認定し、記者会見を開いて説明したことは身の処し方としては適正であったと思う。
 事実を認定し、謝罪し、証券市場から身を引くとの意思表示は逮捕直前の身の処し方としては評価されるものである。ライブドア前社長の堀江氏は無実潔白を主張している。真に無実である者が無実を主張するのは当然であるから、現時点で堀江氏の発言の是非を断じることはできないが、ライブドアの宮内前取締役などの証言が仮に真実だとすれば、堀江氏は自己の保身に走っているということになってしまうだろう。堀江氏の評価はともかく、村上氏の行動は最終局面で巧妙であったと言える。
 私はライブドアに強制捜査が入った1月16日の翌日に、自分のホームページコラム(http://uekusa-tri.co.jp/column/2006/0117c.html)『今週の金融市場の展望(2006年1月17日)』に次のように記述した。
「(前略)ライブドアへの強制捜査の影響は決して小さくないと考えられる。二つの重要事項を指摘できる。第一は、ライブドアが昨年2月8日にニッポン放送株を立会外取引を利用して瞬時に30%取得したことについての事実関係の確認だ。ライブドアの株式取得については、実質的に市場外取引であり、届出のない取得は違法ではないかとの指摘があった。
 当時の伊藤金融担当相は国会答弁で「違法でない」と発言した。しかし、立会外取引の当事者同士が事前に株式売買について了解していたとなると違法取引の疑いが浮上する。今回の家宅捜査によってニッポン放送株取得の経緯も明らかになる可能性があり、株式市場での他の大手参加者にまで捜査が発展してゆく可能性がある。(後略)」
 ここで私が表現した「株式市場での他の大手参加者」とは、村上ファンドのことを意味していた。ライブドアの問題が表面化した瞬間に、私は村上ファンドのニッポン放送株式売買が問題になると判断したのである。
 こうして考えたときに、当時の伊藤金融担当相の国会答弁が問題になる。立会外取引でニッポン放送株式を大量取得したことについてのコンプライアンス上の問題が瞬時に判定できるとは到底考えられないのである。さらに問題は、「本当に違法取引ではなかったのか」との点にも波及する。
 今通常国会は依然として会期を残しており、伊藤前金融相の国会答弁の背景が明らかにされなければならないはずである。国会議員のなかに堀江氏や村上氏と接触のあった議員は数多く存在するはずである。ニッポン放送株式の売買手口については、他にもインサイダー取引が存在しなかったかどうか、徹底した再調査が求められる。
 インサイダー取引は重大な犯罪である。しかし、これまで日本ではその運用が極めて甘かった。2003年5月17日に小泉政権は「退出すべき企業は市場から退出させる」との方針を全面放棄して、りそな銀行を公的資金により救済することを発表した。この政策方針変更についての正確な情報を事前に入手していれば、莫大な利益をほとんどリスク無く獲得することができたはずである。
 りそな銀行、株価指数取引、株価指数投信などについて、証券取引等監視委員会は徹底的な手口調査を実施しなければならなかったはずだ。私は当時のテレビ番組で何度もこのことを訴えたが、証券取引等監視委員会が動いた形跡は皆無である。
 こうした状況まで含めて考えると、今回の摘発には「国策捜査」としての性格が色濃く影を落としているように感じられる。私が巻き込まれた事件の場合には、完全なる「でっちあげ」によって事件が仕立て上げられた。このことの詳細をここで述べることはしないが、近年の警察、検察の動きにはあまりにも強く政治が関わりすぎている側面が強いように見える。「国策捜査」と称せられる最近の司法当局の活動全体についての真相解明をわれわれはもっと真剣に追求するべきである。

今回は予定を変更して「村上ファンド代表逮捕について」の「直言」といたしました。あしからずご了承ください。

http://web.chokugen.jp/uekusa/2006/06/post_e81f.html
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「失われた5年-小泉政権・... | トップ | 「失われた5年-小泉政権・... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿