このような考えを胸に、ヴァロルセイ侯爵は自分の公証人のもとを訪れた。あわよくば自分の協力者になって貰おうと目論んでいた。しかし、相手は侯爵の求めをぴしゃりと撥ねつけ、そのような不正な行為に協力することは出来ない、このような提案自体侮辱に近いものである、と横柄な口調で明言した。しかしその後、相手ががっくり気落ちするのを見て気の毒に思ったか、こう付け加えた。
「しかし、あなたの役に立つかもしれぬ人物を紹介することは出来ます……。イジドール・フォルチュナ氏を訪ねてごらんなさい。住所はブルス通り二十七番地です。もしあなたの結婚話に彼が興味を持ってくれたら、成功したも同然です」
おおよそこのような事情で、ヴァロルセイ侯爵はイジドール・フォルチュナ氏と付き合うようになったのだった。最初の訪問時から、侯爵は鋭い眼力で相手の男を判断した。そして自分が願ったとおりの男だと彼は思った。すなわち、慎重かつ大胆、奸策に長け、易々と法の目をくぐることにかけては名人、おまけに貪欲、そして良心の呵責に悩まされることはまずない、という。このような男を協力者につければ、破産を六か月間隠し、どんなに警戒心の強い未来の義父であろうと易々と騙しおおせるであろう。ヴァロルセイ侯爵は決断の早い男だった。彼は正直に自分の財政状態、そして結婚に望みをつないでいることを明かし、持参金からたんまり謝礼を、結婚が成った翌日に支払うことを約束する、と言って話を締めくくった。
即座に契約書にサインがなされ、早速その翌日からフォルチュナ氏は顧客の利益のために奔走することになった。彼がその企てにどれくらい身を入れていたか、どれほど熱心に成功を誓ったかを示すには、次の一事を示すだけで十分であろう。彼は自分のポケットマネーで四万フランを侯爵に前貸ししたのである。そのようなことがあった後では、侯爵は彼の協力者に対し不満など示せた義理ではなかった筈である。このやり手の男が侯爵に対しては常に卑屈なまでの恭しさを示していただけに、更に一層良い気分になっていたことであろう。
ヴァロルセイ侯爵にとって、この点は非常に重要だったのだろう。というのは、彼は益々傲慢に、益々気難しくなっていったからである。彼にはそうする資格などなくなりつつあったというのに。内心、自分自身を恥じ、自分が手を染めることになってしまった卑しい不正行為により屈辱を感じていた彼は、内実の伴わない優越感と大貴族の持つ尊大さで自分の共犯者を痛めつけることにより憂さ晴らしをしていたのである。そのときの気分次第で、彼はフォルチュナ氏を「親愛なるアラブ人」と呼んだり、「同士フォルチュナ君」と呼んだりしていたが、一番よく用いた呼び名は「二十パーセントの親方」だった。そしてそう呼ばれた相手は、それでも口元にへつらいの笑みを絶やなかったものの、彼の帳簿の「諸雑費」の項目にすべてを記帳することは忘れなかった。
フォルチュナ氏の服従は常に変わらぬものだっただけに、今彼が外出先から戻って来ないという事実は益々異常事態に思えた。約束を守るという最も当たり前の作法を忘れてしまうとは、あのように礼儀正しい男にあっては考えられないことであった。というわけで、ヴァロルセイ侯爵の怒りは徐々に不安に変わっていった。9.14