彼は言いさした。ヴァロルセイ侯爵の恐ろしく鋭い視線に射すくめられ、先を続けられなかったのだ。彼は自分自身にひどく腹を立てていた。『俺は馬鹿なことを言ってる』と彼は思っていた。
「次なるもっと賢明な御忠告は」と、ヴァロルセイ侯爵は皮肉な口調で言った。「馬と馬車を売れ、アムロー通りの安宿に引っ越せ、中庭に面した屋根裏部屋に、ですかな……。それはごく自然ななりゆきですな。ド・シャルース伯爵の全幅の信頼を得るに恰好の……」
「そこまでは行かなくとも……」
「ええい、黙れ!」侯爵が激しく遮った。「おぬしは他の誰よりもよく知っておるだろう、私が贅沢を辞められぬのを……見栄を張るのを辞められぬのも、よく分かっておる筈だ。たとえ現実がそれを許さなくとも……。私はそうでなくては生きていけぬ。これまで私の人生は、賭け事、夜の遊び、競馬……それは続けねばならぬ。ニネット・サンプロンのために馬鹿な真似をさんざんしてきたが、彼女にはもうつくづくうんざりだ。だが、まだ彼女を囲っている。あれは私の旗印なのだ。窓から千フランもの札を投げ捨てて来た。今さらそれを辞めるわけに行かんのだ……だが、実際はもう出来ぬ。もし私が辞めたら、人がどう言う?『ヴァロルセイは落ち目になった』と言うだろう。そうなれば、持参金持ちの金持ち娘ともおさらばだ……。だから私は常に陽気で笑っていなければならない。それが私の役割だからな。私が浮かぬ顔をしていたら、召使たちはどう思うだろう? 私が雇っている二十人のスパイたちは?
知っているか、フォルチュナ君、私は社交界のクラブでツケで食事をさせて貰うところまで逼迫している。午前中に私の馬の飼い葉代を支払ったからだ……。そりゃ確かに、私の家には値の張る物がごろごろしている……が、それらを処分することは出来ぬ。そんなことをすればすぐにばれてしまうし、それらは言わば私の商売道具だ。旅回りの役者は食えないからと言って自分の衣装を売ったりしない……そんなことをするぐらいなら、食事を抜く。そして演じる機会が訪れれば、すきっ腹に天鵞絨やサテンの衣装を身に着け、美味しい肉や古い葡萄酒について歌い上げるのだ……。私も同じようにするという訳さ。ロベール・ダルボン、ド・ヴァロルセイ侯爵である私は……。二週間前、ヴァンセンヌの競馬で、私はドーモンに馬を繋がせ、私の四頭の馬は大通りを闊歩する際、羨望の嵐を巻き起こしたものだ……。一人の労働者がこう言うのを私は聞いた。『あんな金持ちだったら、さぞ幸福だろうな!』と。幸福、この私がか!私こそ、その男を羨ましいと思った。彼ならば、次の日も前日と同じような日が訪れる、と確信を持っている……。私は、といえば、その日ポケットに幸運にも一ルイを持っていた。前の日バカラで稼いだ金の残りだ。競馬場の騎手の検量所で、イザベルが薔薇を一輪ボタンホールに差し込んでくれた……私は彼女にその一ルイを与えた……彼女を絞め殺してやりたかった……」
彼は言葉を止めた。怒りのあまり狂ったようになり、イジドール・フォルチュナ氏につかつかと歩み寄ると、フォルチュナ氏は窓のくぼみのところまで後ずさりした。9.22