エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-VI-4

2021-01-19 10:43:32 | 地獄の生活

家政婦の顔は蒼ざめた。

「それでは、もうおしまいなのね」彼女は口の中で呟いた。「何もかも、もうおしまい!」

それ以上は一言も発することが出来ず、彼女は頭で頷いて暇乞いをすると、唐突に出て行った。ジョドン医師は、暖炉の前に立ち、目は一点に釘づけになり、口は半開き、両腕は動作の途中で遮られた中途半端な恰好でじっと立ち尽くしていた。すっかり面食らい、唖然として息を飲んで……。マダム・レオンが出て行った後で外の門の閉まる音が聞こえ、彼はハッと我に返った。この音で彼は飛び上った。

「ああ、何なんだ!」彼は罵りの叫び声を上げた。「俺を馬鹿にしやがって、あの婆あ!」

そしてすぐに、何の考えもなく不意の衝動に駆られ、帽子に飛びつくと、目深に被り、マダム・レオンの後を追って駈け出して行った。彼女は既に大分先まで行っていたが、通りに出るとガス灯の光で微かにではあったが、五十歩ほど先の人けのない歩道を行く彼女の姿を認めることができた。彼女は急ぎ足で歩いていたが、彼の方でも歩を速めれば彼女に追いつくことが出来るかもしれなかった。しかし、彼は思い留まった。ちょっと落ち着いて考える時間があったので、この異様な行動を取り繕う口実を思いつけないことに気がついたのだ。それで、用心しながら距離を置いて彼女の後をつけることで満足することにした。

突然、彼女は足を止めた。それはある食料品屋の前で、郵便ポストがあった。店は閉まっていたが、鎧戸に穴が空けられ、ポストから亜鉛のダクトが内に繋がっていた。マダム・レオンは明らかに逡巡している様子であった。何か決定的な行為に及ぶ前、まだ今なら事は自分の手中にあるが、一旦決断してしまえば、結果がどのようなものであれ、もう取り返しがつかないというとき人がするように、身体を揺らしていた。目の鋭い者なら、郵便局の前でこのような不決断の無言劇に出くわすのに、ものの二十分も掛からないだろう。ついに、この家政婦は肩を動かしてある動作をし、それは彼女が『ええい、ままよ』という決心に達したことを雄弁に物語っていた。彼女はドレスの胴部から一通の手紙を取り出し、ポストに投げ込み、今までより更に速度を上げて歩き続けた。

「ふむ、間違いない」とジョドン医師は思った。「彼女は予め用意していた手紙を投函するかどうか、俺の言葉を聞いて決めようと思っていたのだ」

彼は金持ちではなかった。それどころか、彼の資金は底をつきかけ、懐に最後の一ルイを残すだけの賭けゲームのプレイヤーのようなものだった---その元手で胴元を破産させる可能性もあり、またそうなって貰わねばならなかったのだが---。しかしあの手紙の中味を知るためであれば、彼は百フランでもポンと投げ出したであろう。あるいはその宛名だけでも知ることができたなら。しかし、彼の追跡もここまでだった。マダム・レオンはシャルース邸に着き、中に入っていった……。

彼女を追って中に入って行こうか?あまりに強い好奇心に押され、彼はそんなことまで考えた。それをぐっと堪えるには涙ぐましい努力が必要だった。すっかり動転していた彼の頭の中でも消えず灯っていた常識の灯が、予告していた時間より早く到着するなどは言語道断である、と彼を諌めたのだ。

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