瀕死の病人が意識を回復していた。目が開かれていた。右腕がベッドの上でぎこちなく動いていた。
「誰か来て!」マルグリット嬢は叫び声を上げた。「助けて!」
そして呼び鈴の紐がちぎれるまで引っ張った。
「急いで!」 現れた召使い達に彼女は言った。「近くの方のお医者様を呼びに行くのよ……早く……伯爵が目をお覚ましになったの……」
たちまち病室に人が駆けつけて一杯になったが、マルグリット嬢はそのことに気づかなかった。彼女はド・シャルース氏に近づき、手を取った。
「声が聞こえますか?私のことがお分かりね?」と彼女は尋ねた。
彼の唇が動いたが、喉からはゼイゼイという息の音しか聞こえず、意味は全く不明だった。が、彼は理解していた。そこに居合わせた人々は皆、彼が痛ましくも必死に示そうとする身振りを見ていた。というのも、麻痺が彼を襲い、右手を動かすだけがやっとというのが明らかだった。彼は何かを伝えようとしていた。が、それは何なのか? 人々は部屋の中にある物すべての名前を言ってみた。思いつく限りの言葉を並べたが、分からなかった。そのとき、家政婦が突然額を叩いて叫んだ。
「分かった! ご主人様は書く物を、と言っておられるのよ」
確かにそのとおりだった。少しだけ自由の利く手で、そして出せる限りのゼイゼイいう息で、ド・シャルース伯爵は『そう、そう!』と言い、マダム・レオンの方に目を向けさえした。その表情には疑いようもなく喜びと感謝が現れていた。
人々は枕を支えに彼の上体を起こし、小さな書見台代わりのなものと紙、そしてインクに浸したペンを持って来た。しかし、これは大きすぎる課題で、人々は彼の力を過信していた。彼は手を動かすことは出来ても、思い通りに動かすことは出来なかった。驚異的な努力をし、激しい苦痛に耐えて彼が紙の上に残したものは、形にならない線と判読不可能な殴り書きだったが、何とか苦労して数語は読み取ることが出来た。それは『我が全財産……与える……友よ……対して……』だけであり、意味をなさなかった。
絶望して、彼はペンを放し、その視線と片手は、ベッドに向かい合っている部屋の一部を指していた。
「伯爵様は書き物机の方を見ておられるぞ」
「そう……そう!」と病人の喘鳴が答えた。
「伯爵様は、それを開けろと仰っておいででは?」
「そう、そう!……」
マルグリット嬢は絶望的な身振りをした。
「まあ、どうしましょう!」彼女は叫んだ。「わたし、何てことをしたのかしら! 鍵を壊してしまった……私たちの誰かが責任を負わされることを心配していたのだけど。あの中に莫大な財産が隠されているんじゃないかと思ったものだから……」1.26