「俺は歯を食いしばって戦わねばならぬ。それが義務だからだ」彼は呟いた。努力が実らぬことを予見している男の口調であった。それでもなんとか立ち上がり、着替えたとき、部屋のドアをそっと叩く音が聞こえた。
「私よ、パスカル」と外からフェライユール夫人の声がした。
パスカルは急いでドアを開けた。
「いま下にヴァントラッソン夫人という人が来ているの。あなたが昨夜言っていたお手伝いの人よ。正式に雇い入れる前にあなたの意見を聞いておきたいと思って」
「ということは、その人はお母さんの気に入らないんですね」
「会ってみて欲しいのよ」
彼が下に降りていくと、一人の太った女がいた。顔は青白く、薄い唇で伏し目がちだったが、彼にばか丁寧な挨拶をした。これは確かにあの『高級家具付き貸し間』の女主人その人だった。朝のうちの暇な三、四時間は外で働けるから、というのが彼女の弁であった。確かに、他人の家で召使いの仕事をするのは女経営者としての彼女のプライドが傷つくので、自ら好んですることではなかったが、食べて行くためには致し方のないことであった。
『高級家具付き貸し間』は、その魅惑的な名前にも拘わらず、借り手が殺到するということはなく、たまたまそこで寝泊まりすることになった間借り人のうちの何人かは必ず何かを盗み出す始末であった。胡椒を借りても返すことはなく、酔っ払いがうっかり置き忘れた小銭はヴァントラッソン夫妻がちゃんと自分のポケットにしまい、同業者のもとで飲む酒代に用いた。自分の店で飲む酒は不味い、というのは常識であった。パン屋にも肉屋にも果物屋にもツケがきかなくなったので、ヴァントラッソン夫人は自分の店で出す商品を食べて凌ぐ日もあった。カビの生えたイチジク、傷んだ干しブドウなどを彼女は大量のカシス入りブランデー---この世における彼女の唯一の慰め---を振りかけて食べるのだった。
しかし、こんなのは『ちゃんとした食事』ではない、と彼女でさえ認めていた。というわけで、『家政婦』の仕事に就けば、毎日の昼食とちょっとした稼ぎにありつける、ということで職探しをしたのである。自分のプライドの高い連れ合いにはその姿を決して見せない、と誓って。
「で、貴女の条件はどのようなものです?」とパスカルは尋ねた。
彼女はじっと考え込み、指で数え、ついに宣言した。昼食込みで月十五フラン頂きたい、但し買い出しには一人で行く、という条件付きで、と。つまり、これが今の時代のやり方だということだ。料理女がある家に雇われる際、まず聞くのはこの点だ : 買い出しは私に任せてもらえますか?
普通の言葉で言うと、これは「少なくともある程度はちょろまかす権限を与えて貰えますね?」ということになる。双方ともそれは承知の上で、誰も驚かない。これが現代の習慣なのだ。7.28