エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-XI-5

2024-04-13 14:08:26 | 地獄の生活
パスカルは母親の面前に立ったまま、片方の手で椅子の背をぎゅっと掴んで身体を支え、来るべき打撃に供えて身構えているかのようであった。彼自身に関わる悲痛な感情は過去のものとなり、今や彼の全神経は高揚し逆上の域に達するかと思われた。目の前には苦悩の深淵があり、それに呑み込まれそうだった。彼の人生がかかっているのだから! これから母親が語る内容の如何によって、彼は救われるか、決定的に死を宣告され、恩赦を請うことも出来ず、希望もない状態に置かれるか、になることになる……。
「それじゃ、お母さんが出かけた目的はそういうことだったんですね?」
彼は口の中で呻くように言った。
「ええ、そうよ」
「僕には何も言わずに……」
「そうすることが必要だった? 何を言ってるの! お前こそ、私の知らないところである若い娘さんを愛するようになり、彼女に結婚を誓ったんじゃないの。それなのに私がその娘さんがどんな人で、お前にふさわしい人かどうか、どうにかして知ろうとしたら驚くのね……そうしない方がよっぽど不自然なことよ」
「だってお母さん、そんないきなり行動を起こすなんて!」
殆ど目につかないような仕草でフェライユール夫人は肩をすくめた。おやおや、こんな子供じみた抗議に遭うとはね、と驚かされたかのように。
「それじゃお前はあの意地悪女の汚らわしい仄めかしを忘れたって言うの? 私たちが雇った女中のヴァントラッソンのおかみさんの?」
「ああ、それか!」
「お前と同じように、私もあの卑しい当てこすりの意味が分かったわ。お前を心配させてはならないと思って表には出さなかったけれど、私だって内心穏やかではなかったのよ……。だから、お前が出かけたすぐ後、私はあの女に問いただしたのよ。というより、自由に喋らせたの。で、マルグリット嬢がヴァントラッソンの夫の義理の兄であるグルルーという男のもとで見習い修行をしていたことを知りました。その男は以前サンドニ通りで製本業を営んでいたけれど、今は年利収入で暮らしていることも。ヴァントラッソンがマルグリット嬢と知り合ったのもその製本屋でのことだった。そして後日ド・シャルース邸でマルグリット嬢に再会したときどんなに驚いたか……」
パスカルはもう息が出来なかった。血管の中で血の流れがぴたりと止まってしまったかのようだった。
 「ちょっとした技を使ったら」フェライユール夫人は続けた。「ヴァントラッソンのおかみさんからグルルー夫妻が今どこに住んでいるか聞き出せたわ。それで辻馬車を呼びに行かせ、その住所まで乗って行ったというわけよ」4.13
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