「で、彼らに会ったんですね……」
「ちょっとした嘘を吐いたけれど、そのことで自分を責める気にはならないわ。それでグルルー夫妻の家に入れて貰って、一時間ほど居たのよ……」
パスカルを驚かせたのは、母の氷のように冷静な口調だった。彼女がゆっくりとしたペースで話すのでパスカルは死ぬほどじりじりしたが、それでいて急かせる気にもなれなかった。
「このグルルー夫妻というのは」と彼女は続けた。「実直な、というのがぴったりな人たちだと思うわ。法律に触れるようなことは決してしない、という。そして七千リーブルの年利収入をとても自慢に思っているようだった。マルグリット嬢を可愛がっていたということはあり得る、と思ったわ。というのは、彼女の名前を出した途端、彼らは親愛の表現をふんだんに使ったからなの。夫の方は特に、彼女に対して感謝に似た気持ちを抱いているように見えたわ」
「ああ、お母さん、分かって貰えたんですね……」
「奥さんの方は、一番の徒弟を失ったことを残念に思っている風だったわね。今まで見た中で一番正直で、一番良く働く娘だったと……。でも彼女の話しから察するに、可哀想な徒弟のマルグリット嬢をさんざん利用したことは間違いがないわ。ただの使用人としてこき使ったことは……」
パスカルの目に涙が光っていた。が、彼の呼吸は元に戻っていた。
「ヴァントラッソンに関しては」とフェライユール夫人は続けた。「姉のところの見習い娘に目を付けたことは間違いないわ……」
「それは……」
「この男はそれ以来恐ろしい悪人となって、今でもどうしようもない男のようだわ。神にも法にも従わず酒と女に溺れて……。義兄のところで働いていた少女、当時十三歳だったそうだけど、そんな少女にとって自分の愛人になるのはこの上ない幸運に違いないと思っていたのよ。ところがその少女が勇敢にも撥ねつけたものだから、プライドが傷つけられたのね、可哀想なその少女にいやらしく執着したので、彼女は親方夫人に訴えたのだけれど、親方夫人の方は、あろうことか、それを若気の過ちとして一蹴してしまった……それからグルルー親方の方にも訴えに行くと、彼の方でも金をせびる義弟を厄介払いしたくて堪らなかったらしく、彼を首にしたということだわ」
ヴァントラッソンのような下劣で卑しい男が、パスカルの心の中で神聖なマドンナの位置を占めている女性にいやらしく言い寄っていたと知って、パスカルは怒りに我を忘れてしまった。
「くそ、悪党めが!許さん!」と彼は呻いた。
フェライユール夫人は息子の怒りに気づかぬ様子で言葉を続けた。4.20
「ちょっとした嘘を吐いたけれど、そのことで自分を責める気にはならないわ。それでグルルー夫妻の家に入れて貰って、一時間ほど居たのよ……」
パスカルを驚かせたのは、母の氷のように冷静な口調だった。彼女がゆっくりとしたペースで話すのでパスカルは死ぬほどじりじりしたが、それでいて急かせる気にもなれなかった。
「このグルルー夫妻というのは」と彼女は続けた。「実直な、というのがぴったりな人たちだと思うわ。法律に触れるようなことは決してしない、という。そして七千リーブルの年利収入をとても自慢に思っているようだった。マルグリット嬢を可愛がっていたということはあり得る、と思ったわ。というのは、彼女の名前を出した途端、彼らは親愛の表現をふんだんに使ったからなの。夫の方は特に、彼女に対して感謝に似た気持ちを抱いているように見えたわ」
「ああ、お母さん、分かって貰えたんですね……」
「奥さんの方は、一番の徒弟を失ったことを残念に思っている風だったわね。今まで見た中で一番正直で、一番良く働く娘だったと……。でも彼女の話しから察するに、可哀想な徒弟のマルグリット嬢をさんざん利用したことは間違いがないわ。ただの使用人としてこき使ったことは……」
パスカルの目に涙が光っていた。が、彼の呼吸は元に戻っていた。
「ヴァントラッソンに関しては」とフェライユール夫人は続けた。「姉のところの見習い娘に目を付けたことは間違いないわ……」
「それは……」
「この男はそれ以来恐ろしい悪人となって、今でもどうしようもない男のようだわ。神にも法にも従わず酒と女に溺れて……。義兄のところで働いていた少女、当時十三歳だったそうだけど、そんな少女にとって自分の愛人になるのはこの上ない幸運に違いないと思っていたのよ。ところがその少女が勇敢にも撥ねつけたものだから、プライドが傷つけられたのね、可哀想なその少女にいやらしく執着したので、彼女は親方夫人に訴えたのだけれど、親方夫人の方は、あろうことか、それを若気の過ちとして一蹴してしまった……それからグルルー親方の方にも訴えに行くと、彼の方でも金をせびる義弟を厄介払いしたくて堪らなかったらしく、彼を首にしたということだわ」
ヴァントラッソンのような下劣で卑しい男が、パスカルの心の中で神聖なマドンナの位置を占めている女性にいやらしく言い寄っていたと知って、パスカルは怒りに我を忘れてしまった。
「くそ、悪党めが!許さん!」と彼は呻いた。
フェライユール夫人は息子の怒りに気づかぬ様子で言葉を続けた。4.20