エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-XI-9

2024-05-10 09:08:32 | 地獄の生活
母と息子の間に暗雲が立ち込めたのは、これが初めてのことであった。パスカルは自分が心に抱く最も深い愛情と信頼の脆弱な部分を攻撃され、もう少しでかっとなるところであった。苦々しい言葉が口を突いて出かかった。しかし彼はそれを圧し止めるだけの理性を持っていた。
『マルグリットだけが』と彼は心に思っていた。『この無慈悲な偏見に打ち勝つことができるんだ。お母さんが彼女に会ってくれれば、自分がいかに不当であるか分かって貰えるのに!』
これ以上自制心を保っていられないかもしれないと恐れた彼は、曖昧な口実を呟き、いきなり立ち上がり自室に引き上げていった。身も心もズタズタになった彼は服を着たままベッドの上に倒れ込んだ。フェライユール夫人の時代遅れの主張を呪う資格が自分にはないということを、彼は十分に承知していた。なぜなら、かくまでに献身的な母親がまたとあろうか!それに、彼女に叩き込まれているこのかたくなな偏見こそが、この素朴かつ英雄的な市民階級の女性にとって善を讃え、悪を憎み、不幸に挫けぬ不屈の精神力を汲み出す源泉となっているのでないと、誰が言えよう? 母は彼の結婚に異を唱えるものではないと約束した。それは彼女にしてみれば途轍もなく大きな譲歩であり、身を切られるように辛い犠牲ではなかったか……!
それに、現実的に見れば、母親としての最高の喜びの一つとして、息子の妻になる娘を選ぶことを挙げない母親がどこにいるだろうか。あまたの女たちの中から息子の生涯の伴侶とななり、家庭の平和の守り手となり、幸福な時も不幸なときも夫の天使であり続けるような女性を。
このようなことを考えていると、突然大きな音を立ててドアが開いたので彼は慌てて床に飛び降りた。
「何事です?」
それは夕食の支度が出来たことを主人に知らせにやって来たヴァントラッソン夫人だった。フェライユール夫人が出かける前に彼女に残っていてくれるよう命じていたので、彼女は自分自身で夕食を準備したのだった。
ヴァントラッソン夫人の顔を見るなり、パスカルは激しい怒りを身体中に感じ、母親が述べた所見がまざまざと蘇ってきた。この邪な心を持った女を捻り殺す力が自分にあれば、と彼は念じた……何の咎で?……ああ他でもない!彼女はあのヴァントラッソンの妻なのだから、卑劣で忌まわしいものを自然で当たり前のことと受け取る性質を持っているであろう。だから夫の恥ずべきほら話を信じたに違いない。
ヴァントラッソンは悪口を言いふらすだけの下劣な男にすぎない、ということにパスカルは確信を持っていた。だがこの男の言うことを信じるような更にもっと悪辣な人間もいることだろう……それなのに自分は彼らを罰することが出来ない! それは愛する者を持つ男にとって果てのない拷問が続くことを意味する……。5.10
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