「なんと!七百万、いや八百万ほどはお持ちの方が……」
「いや一千万は下らないでしょう」
「それなら、尚のこと」
パスカルは軽蔑的に肩をすくめた。
「侯爵、貴方様の口からそのような言葉をお聞きするとは驚きでございます」と彼は有無を言わさぬ口調で言った。「所得の大きさが即ゆとりに繫がるわけではございません。すべてはそれをどう使うか、に依っております。今日のような常軌を逸した享楽の時代にあっては、裕福な方々は皆お金に困っていると言えます。男爵は一千万フランからどれくらいの年利収入を得ているでしょう?五十万リーブルがせいぜいというところです。これは大変な額で、私どもなら十二分でございますが……男爵は賭け事をなさいます。そして男爵夫人はパリで一番エレガントなご婦人と言われています。お二人とも豪奢な暮らしがお好みで、お二人のお住まいは王族のそれの如くまことに贅を尽くしたものでございます。新年から大みそかまでシャンデリアが煌々と邸の隅々まで灯されております。このような暮らしぶりであれば五十万フランなど何でありましょう。私の知り合いにも何人か百万長者がおりますが、男爵の状況も彼らと同じようなものではないかと思われます。四半期の終わり頃になると、年利収入が入るのを待ちかねて公設質屋に銀器を持って行くという……」
この言い訳は真実ではないにしても、もっともらしく聞こえた。贅沢や享楽を求める欲求に突き動かされているパリの上流階級の家庭内はどこも苦しいものであることはよく知られているではないか……。最近の裁判記録では、想像を超える未曾有の事件が明らかにされている。年利収入十万リーブル以上ある金持ちが、堂々と盗みを働くお抱え御者を六か月間首にすることが出来なかったという。御者に支払うべき八百フランの調達ができなかったためと言うのだ……。
ド・ヴァロルセイ氏もこのことを知っており、ある不安が彼の心を締め付けた。彼が破産しているということが察知されたのではないだろうか? 噂が流れているのでは? トリゴー男爵の耳にまで達しているとしたら……?
この点ははっきりさせねばならなかった。
「要するにこういうことですか、モーメジャンさん」と彼は言った。「男爵は今日のところは約束して下さった金子を用立てることは出来なかった、と。ではいつになったら用立てていただけるのですかな?」
パスカルは、あり得ない話を聞いたかのように大きく目を剝き、世にも無邪気な様子で答えた。
「私の印象では、この十万フランについては、男爵はもう御自分の手を離れた問題と思っておられるようです。私がどうしてこう思ったか、と申しますのは男爵の最後の言葉がこうだったからです。『多少なりとも気が楽になるのは、ド・ヴァロルセイ侯爵が大変裕福で非常に顔の広いお方だということだ。これぐらいのことなら喜んでお役に立とうという友人が十人はいる筈……』と」
この瞬間に至るまで、ド・ヴァロルセイ侯爵にとって、これは単に遅延の問題に過ぎないと思われ、その希望だけが彼を支えていたのであった……。が、借金がはっきりと断られたと知って、彼は打ちのめされた。
「俺の破産が知られたのだ!」と彼は思った。
身体から力が抜けるのを感じた彼は、無意識にマディラワインをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。ワインは一瞬、まがい物の元気を彼に与えた……が、血の気とともに憤怒が頭に上り、節度もなにも忘れ、顔を紅潮させると立ち上がった。
「実にけしからん話だ」と彼は叫んだ。「何たる卑怯! トリゴーとかいう奴は厳しく糾弾されねばならん。立派な大人を三日もじりじりさせておいて、挙句の果てにアッカンベを噛まして逃げるとは! もしも最初からはっきりと断られていたら、こちらとしても対策の立てようがあったものを。こんな窮地に追い込まれずに済んだのに! まったく、紳士ならば、こんな卑劣な真似など出来ぬ筈。こんなやり口は小汚い酒場、小商人、小銭をちまちまと切り詰める老いぼれ守銭奴の匂いがする……。あのようなチャンチャラ可笑しい成り上がり者を、ただ金を持っているというだけの理由で上流社会に迎え入れるからこんなことになるのだ。金を貯めるだけなら豚肉業者でもできる! 奴らに垢を落とさせ、身ぎれいにするよう教え込み、劇場の平土間を闊歩させれば、殆どの人はきちんと教育を受けた紳士だと思う。ところが実際は全然違う。何かの拍子にたちまち化けの皮が剥がれ、正体がばれる……」
このように男爵に向けられた罵詈雑言を聞くのは、パスカルには非常に辛いことだった。しかもその原因を作ったのは自分自身だったため、その辛さは一層身に突き刺さった。9.14
「いや一千万は下らないでしょう」
「それなら、尚のこと」
パスカルは軽蔑的に肩をすくめた。
「侯爵、貴方様の口からそのような言葉をお聞きするとは驚きでございます」と彼は有無を言わさぬ口調で言った。「所得の大きさが即ゆとりに繫がるわけではございません。すべてはそれをどう使うか、に依っております。今日のような常軌を逸した享楽の時代にあっては、裕福な方々は皆お金に困っていると言えます。男爵は一千万フランからどれくらいの年利収入を得ているでしょう?五十万リーブルがせいぜいというところです。これは大変な額で、私どもなら十二分でございますが……男爵は賭け事をなさいます。そして男爵夫人はパリで一番エレガントなご婦人と言われています。お二人とも豪奢な暮らしがお好みで、お二人のお住まいは王族のそれの如くまことに贅を尽くしたものでございます。新年から大みそかまでシャンデリアが煌々と邸の隅々まで灯されております。このような暮らしぶりであれば五十万フランなど何でありましょう。私の知り合いにも何人か百万長者がおりますが、男爵の状況も彼らと同じようなものではないかと思われます。四半期の終わり頃になると、年利収入が入るのを待ちかねて公設質屋に銀器を持って行くという……」
この言い訳は真実ではないにしても、もっともらしく聞こえた。贅沢や享楽を求める欲求に突き動かされているパリの上流階級の家庭内はどこも苦しいものであることはよく知られているではないか……。最近の裁判記録では、想像を超える未曾有の事件が明らかにされている。年利収入十万リーブル以上ある金持ちが、堂々と盗みを働くお抱え御者を六か月間首にすることが出来なかったという。御者に支払うべき八百フランの調達ができなかったためと言うのだ……。
ド・ヴァロルセイ氏もこのことを知っており、ある不安が彼の心を締め付けた。彼が破産しているということが察知されたのではないだろうか? 噂が流れているのでは? トリゴー男爵の耳にまで達しているとしたら……?
この点ははっきりさせねばならなかった。
「要するにこういうことですか、モーメジャンさん」と彼は言った。「男爵は今日のところは約束して下さった金子を用立てることは出来なかった、と。ではいつになったら用立てていただけるのですかな?」
パスカルは、あり得ない話を聞いたかのように大きく目を剝き、世にも無邪気な様子で答えた。
「私の印象では、この十万フランについては、男爵はもう御自分の手を離れた問題と思っておられるようです。私がどうしてこう思ったか、と申しますのは男爵の最後の言葉がこうだったからです。『多少なりとも気が楽になるのは、ド・ヴァロルセイ侯爵が大変裕福で非常に顔の広いお方だということだ。これぐらいのことなら喜んでお役に立とうという友人が十人はいる筈……』と」
この瞬間に至るまで、ド・ヴァロルセイ侯爵にとって、これは単に遅延の問題に過ぎないと思われ、その希望だけが彼を支えていたのであった……。が、借金がはっきりと断られたと知って、彼は打ちのめされた。
「俺の破産が知られたのだ!」と彼は思った。
身体から力が抜けるのを感じた彼は、無意識にマディラワインをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。ワインは一瞬、まがい物の元気を彼に与えた……が、血の気とともに憤怒が頭に上り、節度もなにも忘れ、顔を紅潮させると立ち上がった。
「実にけしからん話だ」と彼は叫んだ。「何たる卑怯! トリゴーとかいう奴は厳しく糾弾されねばならん。立派な大人を三日もじりじりさせておいて、挙句の果てにアッカンベを噛まして逃げるとは! もしも最初からはっきりと断られていたら、こちらとしても対策の立てようがあったものを。こんな窮地に追い込まれずに済んだのに! まったく、紳士ならば、こんな卑劣な真似など出来ぬ筈。こんなやり口は小汚い酒場、小商人、小銭をちまちまと切り詰める老いぼれ守銭奴の匂いがする……。あのようなチャンチャラ可笑しい成り上がり者を、ただ金を持っているというだけの理由で上流社会に迎え入れるからこんなことになるのだ。金を貯めるだけなら豚肉業者でもできる! 奴らに垢を落とさせ、身ぎれいにするよう教え込み、劇場の平土間を闊歩させれば、殆どの人はきちんと教育を受けた紳士だと思う。ところが実際は全然違う。何かの拍子にたちまち化けの皮が剥がれ、正体がばれる……」
このように男爵に向けられた罵詈雑言を聞くのは、パスカルには非常に辛いことだった。しかもその原因を作ったのは自分自身だったため、その辛さは一層身に突き刺さった。9.14