エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-XVI-3

2021-11-14 10:09:43 | 地獄の生活

「必ず彼女の手に渡る方法があるんです」と彼は答えた。「マルグリットが私に言ったんです。もしかして何か大きな危険が降りかかってきそうになったら、ド・シャルース伯爵の信頼を得ている女中のマダム・レオンを呼び出して彼女に伝言を委ねるようにと…… 今がその方法を用いるときだと思うんです…… 自分でクールセル通りに行ってマダム・レオンを呼んで貰い、この手紙を彼女に渡します。これで安心しましたか、お母さん?」

そう言うと、彼は大きな箱の中に自分に託されていた書類を全て詰め込み始めた。この箱は彼のかつての友人の一人のところへ運ばれ、そこから本来の所有者に返却して貰うつもりであった。次に個人的に貴重な書類、それに所持していた有価証券をまとめ、訣別の覚悟を決めると、ウルム通りのこのつつましいアパルトマンを最後にぐるりと見渡した。ここでは努力の結果が成功という形で彼に微笑みかけ、幸福なときを過ごし、素晴らしい将来の夢をはぐくんで来たのだった。やがて彼の胸は熱くなり、涙が目に浮かんできた。彼は母を抱きしめ、急いで出て行った。

「可哀想な子……」マダム・フェライユールは呟いた。「可哀想なパスカル!」

彼女もまた可哀想な身の上であった。二十年という年月に隔てられてはいたが、幸福のさなか突然不幸に襲われるのはこれが二度目であった。しかしこの日もまた、夫の死の翌日にそうであったように、彼女は力強いエネルギーが内に湧き上がってくるのを感じていた。それは母親というものが持つ英雄的な粘り強さであり、いかなる不幸をも跳ね返す力であった。

彼女は毅然とした声で家政婦を呼び、家具商人を探してきてくれるよう頼んだ。すぐに来てくれて現金で支払ってくれさえすれば誰でも構わない、と。やがて家具商人が現れ、すべての部屋を見せて回るときでも彼女は自制して何も言わなかった。心中はしかし、いかばかりの苦しみだったであろう。自分が所有している一切合切を売り払わねばならないほどの困窮に陥った者にしかこの苦痛の何たるかは分からない。

家具商人が到着したその運命の時、どの家具もごく小さな装飾品に至るまで、持ち主にとっては何よりも特別な価値を持つように思われた。手放さなくてはならない物の一つ一つが血管の血を一滴ずつ奪っていくかのようだった。古道具屋がその貪欲な脂ぎった手で家具を一つずつひねくり回す度に冒涜を非難する声を聴く思いだった。

生まれたときから贅沢な品々に囲まれて暮らしている富裕な人々はこのような苦しみを知らない。というのは、ある物を欲しいと思い、長い間その思いを胸に秘め、やっと手に入れたときの子供ような喜びを思い起こさせないものは一つとしてないからだ。立派な肘掛椅子が届けられたときの喜び! 天鵞絨のカーテンを買う前、何度店のウィンドウを眺めに行ってはうっとりしたことか! この絨毯は何か月の節約の成果であったことか! そしてこの素敵な置時計……ああ、この時計は幸福なときだけを告げる時計だと思っていたのに!11.14


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