彼を紹介してくれた男は周囲の人々と次々に握手を交わしながら去って行ったので、彼は少し陰になったところにあるソファに腰を下ろしに行った。気後れしていたというわけではなく、よその家に来たとき誰もが感じる本能的な警戒心を感じていた。また、好奇心が見え見えにならぬよう気を付けつつ、可能な限り周囲を見回し、耳をそばだてていた。マダム・ダルジュレのサロンは、細長い部屋を移動式の仕切り壁と複数の壁掛けで二つに区切られていた。舞踏会を催すときには仕切りは取り払われるが、そうでない夜は仕切りが設置され、二部屋として使われた。一つの部屋では賭けゲームが行われ、もう一つはお喋り好きのたまり場であった。パスカルはゲームの部屋に居たのであるが、それは広々としており、大変高級に設えられ、素晴らしく趣味の良い調度品が置かれてあった。絨毯はけばけばしさとは全く無縁で、コーニス(壁・円柱などの上部や張り出ている部分)が金ぴかすぎることもなく、振り子時計は実用性を主眼としたものであった。調和を乱す物があるとすれば、可動式のランプ・シェードのようなものが、シャンデリアの上に実に巧妙に配置され、蝋燭の光がすべてカードテーブルの上に集まるようになっていたことである。このテーブルもまた、極上のクロスで覆われていたが、それは四隅にだけしか見ることができなかった。というのはその上に二枚目のクロスが敷かれてあり、それは緑色で、すっかりすり減っていた……。
マダム・ダルジュレの招待客は五十人いるかいないか、という程度であったが、全員が最上の階級に属する人々だった。大半が四十歳を越えており、その多くは勲章などで華々しく飾り立てた服装をし、相当年配の二、三人は特別の敬意を払われているようだった。
パスカルも名前を知っている何人かの名前が口に上り、彼をひどく驚かせた。
「なんと!そんな人たちがここに来ているのか!」と彼は心に思っていた。「それなのに俺は、怪しげな連中が人目を避けて集まるたまり場だと思っていた……」
女性は七、八人しかおらず、目を惹くような者はいなかったが、皆大変贅沢な、しかしどこかうさん臭い装いをしていて、一様にダイヤモンドを身に着けていた。彼女たちに接する際、人々は完璧な無関心を示し、彼女たちに話しかけるときには、過剰な丁寧さが却って皮肉に聞こえることにパスカルは気づいた。
カードテーブルについているのは、せいぜい二十人ほどで、残りの者たちは隣の部屋に行っており、テーブルについたまま動かずにいるか、あちこちの隅で小集団を作ってお喋りをしていた。驚くべきことは、そこにいる全員が低い声で話しをしていることであった。そのひそひそ声で交わされる会話には敬意のようなものが感じられた。まるでこのサロンの中でなんらかの奇妙な宗教儀式が行われているかのようだった。賭けゲームはクラブのジャックによって捧げられた偶像崇拝のようなものではないか?カードはその象徴であり、偶像もあれば崇拝対象の呪物もあり、奇跡もあれば、盲目的崇拝者、殉教者もいる、といった案配だ。ときにはこのひそひそ声を突き抜けてプレイヤーたちの異様な叫び声が聞こえる。
「二十ルイと行こう!……張った!……パスする! ……終わりだ! ……受けて立とう!」
「なんと奇妙な集団だろう!」とパスカル・フェライユールは思っていた。「常軌を逸した人々だ!」10.23