エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-XXI-11

2022-07-04 11:52:59 | 地獄の生活

その住所の一覧を見せて貰えないかと彼女は治安判事に頼んだ。そして嬉しいことに、Fの項目に次のような記載事項を見つけた。

 『フォルチュナ(イジドール)、よろず相談屋、ラブルス広場二十八番地』

 「ああ、これでパスカルが見つけられると確信が持てましたわ!」と彼女は叫んだ。

 今一度判事にお礼を述べた後、心に生まれた大きな希望を隠し、出来る限り打ちのめされた様子を装って彼女は自分の部屋に戻っていった。

 「まぁ何て長く掛かったんでしょう!」とド・フォンデージ夫人が言った。

 「いろいろとご説明しなければならないことがあったものですから」

 「辛い目に遭うわね、可哀想に!」

 「ほんとうに酷いものですわ……」

 この言葉はごく自然に、夫人の先ほどからの忠告へと話を戻すきっかけとなった。しかし、マルグリット嬢の方でもそう簡単には説得されず、さんざん異議を唱え、長いこと押し問答をした挙句、ついにド・フォンデージ夫妻の好意を有り難く受け入れ、その保護のもとに身を寄せさせていただきますと宣言した。

但し、いくつかの条件を主張した。まず経済的負担を掛けさせたくないので自分の滞在費を支払うこと……。それから自分付きの女中であるマダム・レオンと離れることは耐えられないので、彼女を引き続き身近に置いておきたい、と。

マダム・レオンは二人のやり取りをその場で聞いていた。一時期、マルグリット嬢が自分の素行に不審を抱いているのではないかと疑ったこともあったが、今やそんな疑いはけし飛んでしまった。彼女は内心、自分はうまくやってのけたものだと満足さえしていた。

すべての事項が了解され、決定され、接吻で締めくくられると、ちょうどそのとき、きっかり四時であったが、ド・フォンデージ氏が姿を現した。

「ああ、あなた!」と妻は彼に向かって叫んだ。「なんという幸せでしょう! 我々には娘が出来ましたのよ!」

この知らせを聞いてようやく彼は立ち直ることができた。墓地でド・シャルース伯爵の棺の上にスコップで土が被せられるその重々しい音を聞いたとき、彼は卒倒しそうになり、その恐ろし気な髭に似合わぬ気弱さは居合わせた人々を大いに驚かせたのだった。

「おお、そうかそうか! それは願ってもない幸せじゃ!」と彼は答えた。「じゃが言っておくが、わしは端からこの可愛い娘の気持ちは分かっておったぞ」

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1-XXI-10

2022-07-02 09:43:53 | 地獄の生活

こうなれば後は、マルグリット嬢が出発する際の状況を整理するだけだった。彼女は見事なダイヤモンドをいくつかと高価な宝石類を所有していた。それらを持って行くべきか?

「それらは確かに私のものです」と彼女は言った。「でも、泥棒の疑いをかけられた後では、それらを持って行く気にはなれません。それで判事様、私が常日頃身に着けているものを除いて、あなた様にそれらをお預けしたいのです。後日、裁判所が私に返還を決定したら、そのときは私の手に戻ることになるでしょう。恥ずかしげもなく言ってしまえば、そうなれば嬉しく思います」

治安判事はマルグリット嬢の当座の生活費や資金のことを気遣った。

「あぁ、お金なら持っています」と彼女は答えた。「ド・シャルース様は大層気前の良い方でしたし、私はと言えば、極めて質素な趣味です。この六か月足らずの間に、伯爵が私の身だしなみ用にと下さったお金の中から八千フラン以上が溜まっています。一年以上はそれで暮らせると思います」

そこで治安判事は彼女に法律的なことを説明をした。裁判所は、故ド・シャルース氏が遺した莫大な遺産の相続人は今のところ確認していないものの、そのうちのいくらかはおそらく彼女に支給するという決定をくだすと思われる。故伯爵が彼女の父親であるか否かは問題でなく、事実上彼女の保護者だったのであり、彼女は未だ後見を解除されていないのであるから、法律上は未成年とみなされる、と。それ故、民法三百六十七条を援用することが適当であろう。それには次のように書かれてある。

『事実上の保護者が被保護者を養子とすることなく死亡した場合、その被保護者が成年に達するまでその生存に必要な費用が支給される。その額及び種類については協議もしくは法の定めるところにより決定されるものとする』

「それなら尚のこと」とマルグリット嬢は言った。「私の装飾品類は差し出さなくてはなりませんわね」

後は、今後どのようにしてマルグリット嬢から治安判事に近況を伝えたらよいか、を決めるだけだった。二人はいろいろと話し合った結果、将軍夫妻の厳しい監視の目をくぐる通信手段を考え出した。 

「さぁそれでは」と治安判事は言った。「早く部屋にお戻りなさい……ド・フォンデージ夫人が何を考えているか分かりませんからね」

しかしマルグリット嬢には、もう一つだけ尋ねることがあった。ド・シャルース伯爵は小さな革表紙の手帳を持っていて、そこに連絡先の住所を書き込むのを彼女はしょっちゅう見ていた。フォルチュナ氏の住所もそこにあるに違いない。7.2

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1-XXI-9

2022-07-01 08:14:37 | 地獄の生活

治安判事の口調に圧倒され、マルグリット嬢は放心したかのようにじっと聞き入っていた。

「私に忘れろと忠告なさるのですか……」と彼女は弱弱しく言った。「忘れろと仰っているのですか!」

「そうです!貴女が心に抱いている至極尤もな疑い、それを貴女は胸の奥深くに隠しておかねばならぬのです。悪人どもを追い詰めて罪を白状させるだけの証拠を十分集めるまでは……確かに、あの金が横領されたという動かぬ証拠を掴むことは困難なことでありましょう……が、不可能ではない。時間を掛ければ、犯罪のほころびはきっと顕れるものです……私が長年の経験から得た力の及ぶ限り貴女を助けます……私を信用なさい……。寄る辺ない娘を救う道がありながら、私が見殺しにしたなどとは誰にも言わせぬ!」

マルグリット嬢の長い睫毛の間に、今はしみじみとした優しい涙が揺れていた。この世は悪党だけで出来ているわけではなかったのだ。

「ああ、判事様、あなたは良い方ですわね!」と彼女は言った。「本当に良い方……」

「しかしもちろん」と判事は遮って言った。善意は籠っていたがぶっきらぼうな口調であった。「よろしいですか、お嬢さん、あなた自身も努力するのですぞ。もし、ド・フォンデージ夫妻に気づかれたら、つまり我々が疑っていることをです、そうすればすべては終わってしまう。そこのところをよく頭に叩き込むことです。心の内を気づかれないように。良心もなく、清廉潔白でない人間というのは疑り深いものだということを片時も忘れぬようにするのです」

この点については、彼は念を押す必要はなかった。彼はそのことを見て取り、突然口調を変えて尋ねた。

「何か具体的な計画がおありですか?」

治安判事に対しては何も隠し立てなく、すべてを言うことが出来たので、彼女は言うべきだと思った。座り直し、身体中にエネルギーを漲らせながら彼女はしっかりした声で言った。

「私の心は決まっています、判事様、あなた様のお許しがあれば、のことですけれど。まず第一に、マダム・レオンは今までどおり身近に置いておきます……彼女の望む名目で。どんなものであろうと私は構いません。そうすれば彼女を通してド・ヴァロルセイ氏の策略や彼の願望、それに目的などを知ることができます。第二に、将軍夫妻の勧めに応じて彼らの家に行きます。彼らの傍に居れば、陰謀の中心に身を置くことになり、彼らの悪だくみの証拠を集めるのに格好の位置と言えるでしょう」

 治安判事は満足の声を上げた。

 「あなたは勇気のある娘さんだ」と彼は叫んだ。「それに慎重でもある。そう、それこそが取るべき行動です」7.1

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