「私に最後まで言わせて下さい。判断はその後になさってくださいな。私の過去について、貴方にはすべて正直に打ち明けました……但し、このことだけは除いて。私は結婚しているのです、男爵、合法的に。何ものも断ち切ることの出来ない鎖で繋がれているのです。私の夫は下劣な人間です。この男がいかに悪辣かをお知りになったら驚かれることでしょう。ああ、そんな風に首を振らないでくださいまし。私がかつてはあんなに愛した男のことをこんな風に言うのは誇張しすぎなどとは誰にも言わせません。だって本当に私は彼を愛していたのです。気も狂うほどに、自分自身も自分の家族も、名誉や人間として最も尊い義務までも見失うほどに。私の兄の血がまだ生暖かく彼の手に残っているとき、彼の後を追ってしまうほどに!……ああでも、その罰がすぐにやって来ない筈はなかったのです。過ちと同じくらい恐ろしい罰が。私がそのために何もかも投げ捨て、神のように崇めたその男が、駆け落ちして三日目に何と言ったと思います?
『宝石やダイヤモンドを置いてくるなんて、全くお前にはガチョウほどの脳もないのか』
その男は本当にそう言ったのです。乱暴に、怒りにまかせて。そのとき以来、私は自分の転がり落ちた深淵の深さがどれほどのものか思い知ることになりました。私が恋に酔いしれた相手のその男は私を愛してなどいませんでした。彼にとっては全てが金目当ての打算でした……私の心を虜にするため費やした何カ月もの間、彼はずっと冷ややかに計算していたのです……私に見ていたのは家の財産だけ……ああ!……しかも彼はそのことを隠しませんでした。
『もしお前の両親に人の心があるなら』と彼はしょっちゅう口にしていました。『いつかは僕たちの結婚を認めてくれる筈だ……そうすればたんまり持参金が貰える。僕たちはそれを共有する。お前には自由を返してやろう。僕たちはそれぞれにとても幸福に暮らすのだ』
だから彼はどうしても私と結婚すると言い張ったのです……私は息子のために同意しました。私の父と母が亡くなると、彼は私の相続分を要求させようとしました。彼は自分自身ではその要求をする勇気がなかったのです。意気地のない男でしたから。それに私の兄を怖がっていました……。でも私は、この男に一文も渡すものかと決心していました。どんなに脅されようと、どんなに殴られようと、私は自分の権利を行使して財産を得ることはしませんでした。私がどれほど残酷な仕打ちに耐えねばならなかったか、神様だけが御存知です。その後、私は幸運にも彼から逃げることが出来ました、ウィルキーと一緒に。彼は十五年間、ずっと私達のことを探し続けてきましたが、私達を見つけることは出来なかったのです。でも、私の兄のことはずっと監視し続けてきたのは間違いありません。私の虫の知らせは外れたことがないのです。1.17