ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

ネーヴイに惚れちゃってどう仕様もない

2011-12-03 | 海軍

先日、呉に宿泊したときのこと。
駅前のホテルで朝食をいただきにレストランに入ったところ、粋な年増の「おかあさん」と、芸者さんの「おねえさん」、
そして「ハーフ」の半玉ちゃん、すこぶる別嬪ぞろいの三人が朝ごはんを食べておられました。

ほお、これからお座敷。どこかにお呼ばれでしょうか。
しかし、ここ呉といえば、海軍の街。
おそらく、この置き屋さんは、その昔にも「海軍エス」を抱えた歴史のある処に違いありません。

ああ、聞いてみたい・・・。
しかし、器用に朝食ビュッフェでスクランブルエッグやなんかを取って食べている忙しそうな様子を、横目で見るだけで終わりました。
それにしても、朝から白塗り日本髪、着物はだらりの帯。
プロ中のプロです。
「あの帯は、お手洗いではどうしているのだろう」
などと真剣に考えてしまった私などまったく足元にも及ばない、女のプロフェッショナル。

さて、その女のプロの本日画像、かつてのネービー・エス、今若さんの若き日のお姿。
いよっ、いい女。
先日、横須賀の「小松」が現在も営業中、と言う話をしましたが、その小松、通称パインで、
海軍士官のSプレー(芸者遊び)のお相手を勤めた芸者さんです。
コレスは四九期。
そも芸者と士官のコレス関係というのはなんぞや。

それは芸者がハーフから一本になるときに候補生から少尉になった期を同期、コレスと呼ぶのです。
コレスが戦果をあげたり出世すると、自分のように嬉しく、自慢し合ったりしていたそうです。
これぞまさにネービー・エス



今若さんは大正十年に横須賀で芸者をしていたお姉さんに誘われて横浜から横須賀へ。
そのときの誘い文句がこうです。
「横須賀へおいでよ。川島武男さんみたいな人ばっかりいるわよ」

この川島武男さんとは、徳富蘆花の小説「不如帰(ほととぎす)」の主人公で、若き侯爵でもある海軍少尉の名前です。
美男士官と美しい若妻とのロマンス、引き裂かれる恋、そして主人公が参加する戦闘シーン。
「勇敢なる水兵」で有名な黄海の海戦で定遠が沈む様子など小説に織り込み、リアリティを持たせて、この「不如帰」は当時のベストセラーとなっていました。
まさに一世を風靡したといってもいいほど、特に若い女性は夢中になったそうです。

今若さんもなかなかのミーハーさんだった模様。
当世流行りの悲恋小説に心ときめかせ、そこに描かれるスマートな海軍軍人に憧れて横須賀に行き、
料亭小松ことパインでネービー・エスの第一歩を歩みだしたのです。

ところが来てみると、若い今若さんには驚くことばかり。
「大きな声で私たちまで”貴様!”って呼ぶんですもの。
おっかなくて、泣いて帰ったことがありますよ」

・・・・あらら。

慣れないうちは「おっかない」海軍さんですが、もともと川島武男に憧れて横須賀に来た芸者さんたちですから

「・・・・でも、好きでしたね。士官さんはスタイルが好くて」
「詰襟でねえ」
「そう、詰襟に、短剣でしょ。素敵でしたねえ」


いやねえ、ネーヴイに惚れちゃって
どう仕様もない


なんだか、このブログのタイトルみたいになってきました。

さて、そういう「ネービー・エス」のお姐さん方、プロといえどもそこは若い女性。
憧れの士官さんたちとお仕事で触れあううち、「惚れたはれた」が皆、二度や三度は必ずあったそうです。
・・・そうでしょうとも。
そうなると「インチ」(インティメート=親密な)となり、言わばお座敷での公認の仲となり、
グループで来てもこっそり抜け出して好きな妓とさしで飲んだりするのです。

芸者さんはプロですから、お母さんからも「お客のえこひいきはしないこと」と厳しくしつけられますが、
そこはそれ、好きな人のところには「宴会用のお酒をこっそり運んでいく」。
それが一人二人ではないから、MMの士官さんの前には、頼みもしないのにお酒の瓶が林立していたそうです。

そして哀しいことに、年頃の若い娘でもある芸者さんは、年配の特務士官や、佐官以上のオジサマオジイチャマより、若い中尉や少尉の方が面白いし気も合うのでどうしてもそちらに行ってしまう。
(大尉クラスは結婚していることが多いのでこの辺りは一時遠ざかっているそうです)

海軍さんはその辺さばけた人が多く、というか、これもいつか来た道ということで鷹揚に
「おい、ちょっとこっちにも回さんかい」
などと言って和気あいあいだったそうですが。

置き屋のお母さんは「好きな人が来ていても上官からお酌をして」と言い聞かせるのに余念がなかったようです。

たいていは皆飲んで、歌って、愉快に過ごして、芸者さんの方でもお客というより友達のように思っている、という付き合いに終始するのが粋なエスプレイと言われていました。
例えばフネに招待されて遊びに行き、(山城とか赤城とか!)士官次室を荒らし放題。
五時までフネにいて、五時過ぎると一緒に上陸して、いわゆる「同伴出勤」。
士官室には芸者の名前が書いた「検番」があり「あれは良い女だ」とか「これはダメ」とかが書かれています。
フネに呼ばれるのはどうせ「いい女組」でしょうから、問題にはならなかったのでしょうが。

そして、そうやって「楽しくSプレイ」ですんでいるうちはいいのです。
が、いくら海軍がブラック(玄人)との遊びを推奨し、割り切っていてもそこは若い男と女。
どうしても真剣な恋愛に陥るケースはあったようです。
このあたりについては

「いろいろあっても、皆ネーヴィとは結婚できないとわかっていましたから考えたこともございません」

寂しく笑う今若さんです。

先ほど「コレス」の話をしましたが、例えばクラス会があるときに真っ先に呼ばれるのが
「コレスの芸者」なのだそうです。
クラス全体でコレスを贔屓にする、という伝統があったというわけです。

しかし、そのクラスというものは海軍士官にとって何よりも大切にすべきものでした。
個人の自由と思われる結婚に関しても、たとえ芸者ではない女性でも、クラスの半分が反対するとそれだけで皆結婚をやめてしまったというのです。

公的にも海軍士官の結婚には海軍大臣の許可が必要で、
一般人でも家柄の良い女性でないとまず結婚は許されませんでした。
どうしても一緒になりたければ、たとえ「町の人」でも、まず海軍の家に養女に行って籍に入り、それから、という手続きを踏まねばならず、芸者などは問題外だったわけです。

あるクラスで、どうしても芸者と結婚したいという士官がいました。
彼がどうなったと思いますか?
なんと、クラスを除名されてしまった、というのです。
「他のクラスへのメンツもあるから」といういかにもな理由です。


そういう厳しい、そして悲しい一線を決して越えないように、女のプロ、今若さんたちは今日も艦隊が寄港すると、港に旗を持って「惚れちゃったネーヴイを」お迎えにいくのでした。

どんなに心ときめかしても、
「皆”ハート・インチ”で。心の中でお慕いするだけで、ね」