来週以降、あなたのすぐ傍まで行く用事ができたんだけど・・・
ご報告までに知らせるわね。
私は入院している彼へ、
メールを送らないと言いつつもしぶとく、3日ぶりにメールを送った。
すぐさま返信が届き、なんのために?とのこと。
もちろん、お見舞いなどと言ったら今までとおり拒絶されるのが関の山なので、
主治医からの紹介で私の疾患に精通している老医師に会いに・・・などと
嘘をついている自分が馬鹿で、まぬけで、おかしくてたまらなくなり、
なんでここまでするのだろう?という自問を胸に仕舞い、
近くまで行くのに声をかけないなんて失礼でしょう?と
さも、お見舞いが目的であることを隠しながら返信に宛てた。
当分入院しているから、病院に来れば会えるよ。
嘘?
会う余裕が多少は出てきた証拠だ。
拒絶ではなく受容、なんだか嬉しくて舞い上がった。
実は昨夜、ある方から言われた言葉がずっと胸にひっかかったままで、
「彼の心が見えていないのは、見せないようにしていることすら
あなたには何も見えていない・・・」と厳しく指摘を受け、
私はそれに返答ができず、下を向いたまま黙ってしまったのだった。
返答できなかったのは、そのとおりだからで、
点滴だけで3時間も苦闘を強いられる私を思えば、
彼の苦痛は想像を絶するものだとの想像容易い。
点滴の苦闘中はその闘いだけで精一杯であり、不安や恐怖に襲われ、
思考も感情も奪われてしまうことを、私は週に何度も経験していたはずなのに。
そこに加え、彼にはさまざまな問題を抱えている現実があり、
男としてのプライドも、意地も、弱さも、
私にはどうしても見せたくなかったことを理解してあげられるのは、
きっと、それも私の役割だ。
地球には空気がある分、天空より季節が遅れてやってくるのだという。
天体はすでに冬の装いで、オリオン座の位置を地球から眺めた場合、
晩夏でも、初秋でもなく、冬なのだという。
心の陰に染み入る秋風は、
これから訪れる冬の先鋒だけではなく夏の暑さで疲れた心を癒したり、
夏の太陽で実った作物を程よい程度に仕上げてくれる季節だ。
すべての予約を終了し、後は明後日の出発を待つだけの手配が済んだ。
してやれなかったとの悔いを自分に残すのが嫌だとは建前で、
やはり、医療を必要とする身であるひとりとして、
愛情を注ぐ相手として、ひとりきりにしておくことは女としてのプライドが
どうしても許さない部分だったのだろう。
あなたの子供を産んであげられなくなってしまった、とは言えない。
けれど、それでも一緒にいられる時間、
こうしたささやかな時間を重ねられることで私は十分だ。
いつか身を引くことになるだろう事態に備え、
ひとつでも多く彼との思い出を心に焼き付けたい。
私自身、ぎりぎりのところまで追い詰められてしまっていた。
医療の不具合や痛みや不安や恐怖に打ちのめされ、
そこに彼という拒絶が加わった。
私にはそれだけのすべてを受け止める許容など用意はなく、
根明でいることへも限界を感じていた。
だから、私は私が崩れないためにも、彼に会う必要があった。
管をいっぱいに巻かれた姿を見ることになるのだろうけど、
きっとよく来たね、といって迎えてくれる声が耳元で聴こえる。