ついに始まってしまった。
毎日主にユーチューブでニュースを見ているが、あまりにも生々しい。
僕も結構長く生きているが、今までの戦争は発展途上国同士か、どちらかが先進国でどちらかが発展途上国だった。が、今回は僕の人生で初めて報道で見る先進国同士の戦争である。
吉川英治の作品で「宮本武蔵」というものがあった。そのなかで武蔵が確か(記憶があいまいなので間違っているかもしれない)槍で有名な宝蔵院に腕試しに入っていくシーンがあった。彼が宝蔵院?の境内を通っていく途中で畑で野良仕事をしている僧侶がいて、武蔵はその僧侶からものすごい殺気を感じさっと身構えるシーンがあった。
それに気づいたその僧侶がなぜそんなに身構えるのかと武蔵に言うと、武蔵があなたから強い殺気を感じたからだと答えた。それに対してその僧侶は、それは私の殺気ではない、あなた自身の殺気が私に投影されて見えたのだ、あなたは自分自身の影におびえたのだ、と答えたシーンである。
この一連のロシアと欧米のやり取りを見ていて僕はこのシーンのことをほぼ反射的に思い出した。
われわれ、いや少なくとも僕から見れば、たとえウクライナがNATOに加盟したとしてもNATO側から巨大な核保有国であるロシアに攻撃を仕掛けるなんてことは起こりえない、と考える。
一方、欧米側だが、いまやイデオロギーの対立は終わり、また、通常戦力ではロシアに対して相当程度優位性を持つ欧米側(NATO側)にたいして、何の理由もなくロシアの側から攻撃してくる(つまり負けるとわかっている戦いを仕掛けるということ)ということは極めて起こりにくいと考える。それにもかかわらず、欧米側は軍事同盟であるNATOをこれでもかこれでもかとばかりに拡大し続けた。
さらにこれらの推測を補強することとして、いま両者が保有する核兵器はこの地球を何度だか具体的な数字は忘れたが、破壊してもあまりある量であるという事実があり、それがさらに双方が自分の側から相手に直接戦争を仕掛けるということが極めて、極めて起こりにくいという現実をつくっている。つまり、直接戦争を開始したら、どちらにも勝者はなくこの世はほぼ石器時代に近いような状態に戻り、しかもきわめて強力かつ広範囲に放射能で自然環境は汚染され、そこで生育した食物を体内に入れざるを得ない生き残った人々はやがて癌などの病で死んでいく……という未来しかないということはわかっている。
誰だか忘れたが、核戦争後に生き残った人類は生き残ったことを後悔するようになるだろう、というようなことを言っていたが、まさにそういう世界が現出するだろう。
つまり、論理的に考えれば極めて起こりにくいことをロシアも欧米側も恐れ、「それに備えて」行動してきたわけだ。
もちろん「万が一」ということはある、あるからの軍備であり、核の保有であるというのはわかる。しかし、NATOの急速な拡大にしても、ロシアの今回のウクライナに対する侵攻にしても、あきらかにオーバーリアクションだろうというのが僕の率直な感想である。
ここには論理や理性を越えた、おそらく人間の本質、本性にかかわる要素がかかわっている。
僕が心の底から欧米とロシア双方に失望したのは、そこを把握せずにただただ自らの影におびえて闘犬の犬のように吠え続けることしかしなかったことだ。僕が前回の記事でバイデンは狂ったのかと書いたのはそのことを言っている。唯一そのことに気づき絡んだ糸を解きほぐそうとしたのはフランスのマクロン大統領だけだった。しかし彼の努力も徒労に終わった……
僕の想像通り、今回の侵攻を最も注視しているのは台湾と中国だった。特に台湾の感じている恐怖は僕らの想像を超えたものがあるのではないか。それと台湾だけでなく、韓国も同様の恐怖を感じているはずだと僕は想像する。今回の戦争から読み取れる教訓は、独裁的な体制を持つ好戦的な大国が近隣にあり、大国との軍事同盟を持たない中小国はウクライナと同じ運命をたどる危険性を持っているということだ。
もしそれを回避しようと思ったら、直ちに大国と軍事同盟を結ぶか、それが不可能であれば核武装に踏み切るほかはないということである。それがわかっているからこそ北朝鮮やイスラエル、パキスタンは核武装したのであり、イランなども核武装を切望している。イランは大国と隣接してはいないが、隣のイラクやアフガニスタンがどうなったかを見れば、彼らが感じる恐怖というのも当然のごとく理解可能である。
僕はこの戦争を機に、世界で核兵器の所有へ舵を切る国が増えるのではないかと危惧している。
僕がなぜアメリカが、この戦争が始まる前に真剣にロシアを思いとどまらせる努力をしなかったのかと考えた理由はここにもある。にもかかわらず、ただただ双方は闘犬場の犬のように吠え続けただけだった、唯一冷静だったマクロン大統領をのぞいて。
今はまだウクライナ軍が英雄的な奮戦を見せて都市部をコントロールしているが、いったんそれが破られた場合、今度は凄惨極まりない市街戦が始まるだろう。市民も武装している以上、市民と軍人の区別のつかない状況ではその凄惨さは想像を超える……そうなるまえに停戦の合意ができることを願うばかりだ。
こうなるまえにどうにかならなかったのか…と身がよじれるような思いでいる。