KOFUKUの家から

演劇的体質の自由人
大きな愛にいだかれて
チワワたち猫たち
南のちいさな森の家にて
芸術的田舎暮らし真っ最中

1・17

2015-01-17 | KOFUKU日記



1月17日になりました。
阪神大震災で亡くなられた多くの尊き御霊に、
そしてそのお哀しみとともにあられるご家族に、また今も震災と向き合っておられる方々が
少しでも安らいだ毎日を送られますように心からお祈り申し上げます。
合掌。



あの日、それこそ神戸に公演に行く予定でした。当時、学校巡回演劇で各地を回っていました。
出発は7時半だったけど、早朝の地震を受けて全員早めに事務所に入り、その後の動向を見守りました。
朝もやの中、画面に映るのはあちこちで崩れた建物や燃え立つ火の手が街を襲う様子。
運転手の子のご実家が明石で、彼は事務所入りするまで地震の発生を知らず、
来てから大騒ぎになって、全員で手分けして安否確認したりしました。
結局、その日の公演は延期になり、二日後、岡山方面の公演に向うことになりました。

まだ混沌としてた時期、高速は隆起で通行止めになり、渋滞の下道をひたすら西に向かいました。
神戸が近くなるたびにブルーシートに覆われた家が増えて行きます。
夜、流れるカーラジオからは4千人、5千人と亡くなられた人の数が増え、名前が読み上げられていました。
今考えても、いつも歌ったり喋ったりしていた私のチームがあんなに静かだったことはありませんでした。
静かに心友のまりちゃんは涙を流していました。
まるで空気を飲み込んだような空間の中で、それでも誰ひとりラジオを消そうという人はいませんでした。
ひとり、またひとりと名前が読み上げられる度、みな心の中で祈りを捧げていたのではないかと思います。

私のチームは自慢じゃないけど、俳優としてはココロのできた人たちで構成された素晴らしい班でした。
みんなが生きることと人生のすべてを、演じることに、お客様のために捧げていたといっても過言ではないと思います。
だけど、あの日、その時、上手く言えないケド、
演劇人としての、芸能人としての無力さをみんな感じていたんじゃないかって思うのです。

演じることで、歌うことで、踊ることで、笑わせることで、
誰かの心の喜びのかけらになりたいと願ってこの道を選んだのに、
こんな時にこそ、誰かを助けたいと心底願っているその時に、何の役にも立てていない現実。
大きな悲しみがダイレクトに襲っている時には何も役にたてないと言うジレンマ。
本当に辛かった。

それから一ヶ月後、京都の小学校に公演に行きました。
一番笑顔が増えるシーンで大声で笑う子供たちを見守る先生が泣いていらっしゃるのが目に入りました。
気になって終演後伺ってみると、その小学校には阪神の震災でご家族を亡くし、
疎開してきている子たちがいて、その子達が何をしても笑うことがなかったのに
今日、このお芝居を見て、それは楽しそうに初めて笑っていたんです、と。
それが嬉しくて思わず涙が溢れました。お芝居の力ってすごいんですね、って。

それを聞いて、とても嬉しかったし、本当に良かったと思いました。
こんな時に芝居していてもいいのか?と、
どこか迷っていた私たち自身も、とても救われた気持ちになりました。

それまでも、私たちのチームは自分たちで資金を出し合い、劇団から作品を買って、
自分たちで訪問先を探し、お休みの日にチャリティで各地をめぐって公演していたのだけど、
あの時から、本当に稼いでるお金を全部注ぎ込んでも、
そんなことよりもっともっと大事なことがあると言うような気持ちで
心底から心を捧げるチャリティを行うようになった気がします。
私たちのイノチとする仕事は、誰かのココロの、
笑顔のかけらになれるかもしれないのだと確かに知ったからでした。

長い時が流れ、今は環境が変わり、私は業界からも、志を共にする友人からも遠く離れて
病もあり、人にも会えずにいるけれど、決してその気持ちはなくしていません。
自分の状況によって、できる規模や内容の波はあるけれども、
お芝居に限らず、今ここでやることのできるいろんな形で
そういう思いは一生持って、一生続けていくと思います。

命をかけ、一生をかけて選び、行っている私の仕事は、
イノチそのもので、イノリそのもので、聖なる遊びであって、
愛そのもので、真実、そこには平和があると信じています。

震災という悲しみに、多くの苦しみに、喜びに、日常の全てに寄り添える何かを、
生きることを通じて行っていきたいなと思っています。
自分の出来る範囲で、雨の雫のいってきにしかならないかもしれないけれど。
それでも、その一滴になることを続けていきたいと思います。
どんなに世の中が悲しく苦しみに満ちていたとしても、
そこだけは確かに「平和」を生むことができるから。


重ねまして阪神淡路大震災をはじめ、震災や災害等、
不慮の出来事で亡くなられた方々のご冥福を深くお祈り申し上げます。