米軍による原爆投下から七十八年の六日、広島市で営まれた平和記念式典。松井一実市長は世界の指導者に対し、核抑止論から脱却し、核廃絶に向けた具体的な取り組みを早急に始めるよう求める平和宣言を発表した。
これに対し、岸田文雄首相は「核兵器のない世界」を目指すとしつつも核抑止論に固執し、被爆地の訴えに応えているとは言い難い。核廃絶に向けて一歩でも前進するには、核抑止論から脱する道を探らねばなるまい。
核抑止論は核兵器による反撃を恐れさせることで攻撃を思いとどまらせるという理論。核兵器の存在が核保有国同士の全面戦争を防いできたとの主張がある。
五月のG7広島サミット(先進七カ国首脳会議)では、核兵器を保有する米英仏三カ国を含む首脳が被爆の実相に触れた一方、初めて独立文書として発表された「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」は核抑止論を肯定している。
しかし、松井市長がロシアを念頭に「核による威嚇を行う為政者がいるという現実を踏まえるならば、世界中の指導者は核抑止論は破綻しているということを直視」する必要性を指摘したように、核抑止論が危機を高めている現実からも目を背けてはなるまい。
広島選出である首相は、核廃絶に向けて核保有国と非保有国との橋渡し役を果たすべきであり、首相自身も意欲を示している。
ただ、首相は核兵器の保有や使用を全面的に違法化した核兵器禁止条約には背を向け、締約国会議へのオブザーバー参加も否定している。松井氏は十一月に開催予定の第二回締約国会議へのオブザーバー参加を促したが、首相は式典で核禁条約に言及しなかった。
核廃絶を目指すと言いながら核抑止を正当化する首相の矛盾に、被爆地が憤るのも当然だろう。
核抑止論を突き詰めれば、平和の維持には、すべての国が核武装するか、核保有国の「核の傘」に入る以外の選択肢はなくなる。そんな世界を誰が望むのか。
米ロ英仏中の五大国にだけ核保有を認める核拡散防止条約(NPT)体制下で核保有国が増えた一方、核禁条約下では少なくとも参加国が新たに核武装することはない。核禁条約の実効性を高め、核抑止論からの脱却を図ることが、核廃絶・軍縮の実現に向けた現実的な道筋ではないか。
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