スキマバイトの隙間 取材班座談会〉
スマートフォンのアプリを介し、履歴書や面接なしに働ける「スキマバイト」。東京新聞では2024年12月から「スキマバイトの隙間」と題し、記者が実際に働き、現場に「潜入」してみて問題点を明らかにする報道を続けている。これまでにどんな問題が見え、これから何に向き合おうとしているのか。新たに取材班に加わった記者がメンバーに聞いた。
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◆企業側は「ルールを守っていたら日本が回らない」
──潜入取材で印象に残っていることは何ですか。
中村真暁記者 深夜から朝までやった宅配便の荷物の仕分けが衝撃的だった。手元のことは分かるけど、荷物がその後どうなるのかは全然分からない。切り離された労働の一部をずっとやり続けるみたいな。名前も呼ばれず、「そこの君」みたいな扱われ方だった。
──給料はどのくらい。
中村 夜間だからそんなに低くなかった。交通費はアプリ経由で申し込むと500円、直接雇われたら1000円。
小川慎一記者 同じ仕事で交通費が違うのが不思議。多くの労働者は気づかないだろうね。会話する人が少ないから。
加藤豊大記者 一番びっくりしたのは違法な働き方とか働かせ方が、思った以上に横行していること。「偽装請負」や原則禁止の「日雇い派遣」を強く疑わせる現場を記事にしてきたが、スキマバイトはそこへの入り口を広げている。
中村 既にルールが破られているっていうことには衝撃を受けた。
加藤 知らないだけで「適法になる何かがあるんだろう」と取材を進めたが、なかった。人材会社側が「ルールを守っていたら日本は回らない」と考えている実態も垣間見えた。
中村 堂々とやっているから、労働者もそんなもんかと思ってる。
◆「タイミーおじさん」の気持ちに共感
中村 パワハラっぽいのも目にした。若い男性が50歳ぐらいのおじさんをいびってた。「もたもたすんなよ」とかって。なんかちょっとやな感じでしたね。
加藤 僕もいろんな現場でそういうの見ましたね。30代ぐらいの人がおじさんをいじめてるみたいな。結構ありました。
中村 やっぱり肉体労働だと、動ける若者の方が立場が上になるのかな。
加藤 そうですよね、どれだけ動けるかだから。
小川 結局何のスキルもない私のような50歳くらいの世代だと、そういう現場に行くしかない。そうすると下に見られるよね。それは私もスキマバイトをやってみて感じた。当事者もすごい意識すると思うよ。
中村 私が取材した人も「自分はタイミーおじさんと思われているのではないか」ってすごい気にしてた。使えない人間だと思われているかもって。だから、不満があっても言えないそうです。使えないやつだって思われたくないって。
小川 そうだ、それは分かるね。
加藤 気持ちはすごく分かるんですけど、一回限りの現場なのにそう思うっていうのが興味深い。
◆評価が気になり不満があってもつい我慢
──スキマバイトの評価はプロフィールに表示されるのですか。
中村 求人企業に見られてる。
小川 一回限りのバイトだからこそ、そこで低く評価されたら名誉挽回とか汚名返上のチャンスがない。不満が言えないのかもしれないね。
加藤 評価制度が労働者の権利行使を妨げている一面もあったと思う。
中村 評価もあいまい。3段階評価ってどうやって決めているんだろう。
──評価基準は公表されてないんですか。それで仕事をもらえるかどうか決まるんですよね。
加藤 客観性がない割には、労働者にとってはかなり重要なものですよね。例えば、一定基準の評価を得た人だけを募集対象にするスキマバイトもある。
中村 これはちょっと裏が取りにくいけど、不平を言って評価が下がったって主張してる人が何人かいた。
加藤 低評価が怖いから、「残業ありましたよ」「言われてた業務と違いますよ」という正当な主張でさえしない人もいます。
中村 一回きりだからこそ、今だけ我慢すればいいやって思いやすい気はする。
小川 一回きりだから言おうっていう人よりも、一回きりだから黙っておこうって人の方が多いんだろうね。
◆そもそも違法と知らず雇用契約にも無頓着
加藤 何かあったとき困るのは労働者だけど、普段は被害者がいない。偽装請負とか日雇い派遣の疑いがあっても、声をあげるほどじゃない。
中村 お金はもらえてますからね。休憩もちゃんと取れて。
加藤 労働者は違法な働かせ方をそもそも知らない。雇用主が誰かっていうことも大事なのに知らない。雇用契約について無頓着だったりする実態も、ルール違反が横行してる背景にあるのかもしれない。
小川 スキマバイトをしてみて分かったのは、自分の働き方や雇用のあり方に疑問があっても、誰かに話す機会がないということ。それを言うと、企業側から低い評価をされ、仕事がしにくくなったり、アプリでブロックされたりする。問題が表面化しにくい。
中村 労働者が団結すると労働運動が起きるけど、スキマバイトはやっぱりスマホなんで、一人一人がばらばらなんですよね。
小川 もやもやを抱いても話し合う機会がない。人間らしい労働を問い直す機会を失わせてるんじゃないか。いろんな話をみんなでしながら、考えなきゃいけないのかなと。
加藤 取材班にスキマバイト経験者からメールがたくさん届く。労働者はもやもやがあっても、今まではけ口がなかったんだと思う。
小川 取材班は働いてみて、「これっておかしくない?」と話し合えた。共に働く人と話すことってすごく重要なんだと思った。それを知れたのはやっぱりスキマバイトを実際にやってみたから。
小川 取材班は働いてみて、「これっておかしくない?」と話し合えた。共に働く人と話すことってすごく重要なんだと思った。それを知れたのはやっぱりスキマバイトを実際にやってみたから。
加藤 今は割と普通にやってますけど、最初に実際やってみるって聞いたときに「え?いいの?」って思いましたよ。でも、この2人(小川記者と中村記者)があまりにもノリノリだから。
小川、中村 あははは。
小川、中村 あははは。
加藤 でもやってみないと、問題を知ることはできなかった。
小川 自分が大丈夫でも、「これっていいのかな?」って思うのは相当な変わり者だよね。今回は新聞記者がその役割をできた。
──「自分が大丈夫ならいい」ってみんなが思ったら、何も変わっていかないですね。最終的に自分の首を絞めている気がする。
小川 単純に権利を侵害されてるってことに気付かないこともある。
中村 確かに。権利って知らないと行使できないんですよね。
加藤 労働者はいろいろな法律で守られている。一方で規制の網をかいくぐる企業の悪い意味でのたくましさを感じた。ある人材会社の社員は「血を流してでも、人を集めなきゃいけないんです」と言った。
◆問題は働く人の孤立
中村 労働者の権利がちゃんと守られていない労働の上で成り立っている社会に、私はいたのかっていう気づきもあった。配達とかイベントとか、誰かが用意してくれたものを、どんな労働があったかを知らず、私は受け取っていた。
加藤 生活の自然な一部ですもんね。ピザの配達とかも。
──問題点をどうやったら解決できるでしょうか。
──問題点をどうやったら解決できるでしょうか。
加藤 社会問題にまでなっていないので、法律を変えるというのはまだまだ先のことでしょうね。
小川 問題はやっぱり働く人の孤立だと思う。スキマバイトで暮らし続けていたら、仕事を通じて友だちはできるのだろうか。
──何かきっかけがあって孤立するのではなく、目の前の楽な方を選んでいたらそれが積み重なり、人との距離が離れていくみたいなことがありそうで怖い。
中村 孤立化しても刹那的に生きていける社会を、スキマバイトアプリがつくっているのかもしれないですね。
小川 それは一人でも生きていける社会とは違うよね。
中村 そうですね。自立とは違う。切り離されたままで、生きていけるのかな。
小川 生きてはいけるけど、人間的な生活はできない。こういう社会のあり方のあり方でいいのか。考えさせられるね。
「スキマバイトの隙間」取材班 2024年9月から取材をスタートし、東京新聞デジタルで12月から連載「乱立するアプリの陰で」や「グレーなバイトの見分け方」などを随時配信。紙面でも2025年1月5日から掲載。中村、小川両記者の話は、ポッドキャスト「新聞記者ラジオ」でも聞くことができる。
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