マイナ保険証の顔認証って、実際のところ使いやすいのか?
SNSには「楽!」という声も「反応しない」という声も流れている。取材でも「マイナ保険証の顔認証がうまくいかなかった」という声を何度も聞いた。
なので、専門家に尋ねた。答えは「iPhoneのような厳密な認証ではありませんので」。どういうことなのか?どんな事情があるのか?
読者などから寄せられた体験談をもとに、失敗するパターンを一つ一つ検証してみた。(福岡範行)
◆子ども、メガネ…失敗談が次々と
東京新聞に届いた顔認証失敗の声は、少なくない。
2024年8月には全国の地方紙18紙による合同アンケートで、マイナ保険証についての体験談を募った。
「子どもは、いつも顔認証が反応しにくいので、毎回やり直しをしている」
「顔は化粧次第でずいぶん変わるし、実際、顔認証ではじかれました」
「カードを作った時は裸眼だったが、今はメガネなので顔認証ができない」
「髪形変えたら認証されなくなった」
失敗したときの状況はさまざまだった。
「iPhoneなどと比べて認証が遅く精度も悪いと感じるので改善してほしい」との声も複数あった。
顔認証の失敗がきっかけで、マイナ保険証の利用をやめている人たちもいた。神奈川県川崎市の女性(73)は、取材に「初めて使ったらエラー表示が出たので諦めました。それ以来、従来の保険証を使っています」と答えた。
◆「とても便利」という声も
マイナンバーカードには健康保険の情報は載っていない。
マイナ保険証として使うには、病院の受け付けなどのカードリーダーを操作し、データベースから情報を引き出してくる必要がある。
引き出すときの鍵の1つが、顔認証だ。
使った印象は人ぞれぞれ。「意外と素早く反応してくれる」「とても便利」という声もある。
◆専門家「スマホのような認証ではありません」
評価が大きくばらつく背景には、何があるのか。失敗する理由には、何が考えられるのか。
マイナ保険証の基幹システムを運営する「社会保険診療報酬支払基金」で情報セキュリティ責任者を担う杉浦隆幸さん(50)に話を聞いた。一般社団法人「日本ハッカー協会」の代表理事を務める専門家だ。
杉浦さんは「マイナンバーカードの写真は、普通の写真ですよね。スマートフォンを開くときのような、厳密な認証ではありません」と語った。
マイナカードでは通常のカメラで撮った平面的な写真だけを使う。目や鼻、口、耳といった「顔の特徴点」を手掛かりに、写真と同一人物なのかを判定している。
それに対し、iPhoneなどの一般的な顔認証で使うのは、平面的な写真だけではない。赤外線カメラなども活用して顔の3Dデータも使っている。
◆「人が見るより多少、精度よく確認する機能」
杉浦さんは「マイナンバーカードの顔認証は(判定の仕方が)統一されているわけではない」とも説明する。つまり、認証のしやすさは、富士通Japan、パナソニックコネクトなど5社あるカードリーダーのメーカーごとに異なる。写真のきれいさも影響する。
認証の精度を高めるために、各メーカーは努力を続けている。ただ、「元データが(一般的な)顔認証用のデータじゃない」という限界もある。
杉浦さんは「人が見るよりも多少、精度よく確認する機能だと思っていただくのがよいと思います。受け付けの方の代わりに、人以上の能力で、顔を確認してもらっているだけなんです」と述べた。
◆なぜ失敗? 一つ一つ尋ねた
杉浦さんによると、スマホのような3Dデータを加えない方がいい事情もあるという。
その背景事情も気になったが、まずは、読者の失敗談がなぜ起きたのかを、一つ一つ聞いた。
メガネについては、杉浦さんの説明がはっきりしていた。
杉浦さん「目の位置がレンズの度によって変わるんだと思います」
記者「カードリーダー側で度の影響を補正できないとうまくいかない?」
杉浦さん「そういうことです。蛍光灯の反射が入ってしまうことでも、ダメかもしれない。置き場所の問題です」
カードリーダーの置き場所は厚生労働省も注意を促しているポイントだ。
杉浦さん「蛍光灯の反射とか、逆光とか。明るさの影響もありますね。暗すぎるとちょっと厳しい」
子どもの顔認証が難しい理由も、明確だった。
杉浦さん「(子どもの顔は)成長によって変わりますよね。ちょっと難しいときは、やっぱりあります。そのときは親御さんが暗証番号で対応してほしいです」
顔認証をする人の動きも影響するという。
杉浦さん「(顔認証をしているときの)動きが全くないと『偽者』と判断したり、動きがありすぎると焦点が合わなかったりします」
髪形や化粧で失敗したという声には、理由を推測しづらそうだった。杉浦さんは、あり得る可能性として、次のように指摘した。
杉浦さん「髪形はそんなに影響しないと思いますけど。目とか耳とか、特徴の部分が隠れちゃったらダメです」
記者「もともとは耳が出ていたのに、耳が隠れる髪形になったときは?」
杉浦さん「(耳にかかる髪を)かき上げてください」
マイナカードの顔写真と比べているだけなので、機械が比較しやすいように、写真に似せると良いという。
化粧も同様だ。
杉浦さん「化粧でうまくいかないことはあり得ます。化粧の陰影によっては(判定結果に影響します)。元の画像と比較をしているだけなので」
ただ、機械だからこその良さもあるという。
記者「化粧をしても目の位置が変わるわけではない。見た目がガラッと変わって見えても、同じ人と判定できる?」
杉浦さん「そうです。人間ではなかなかできないこともできています」
◆顔や指紋だからこそのリスク
iPhoneレベルの精度を求める声もあった。マイナでは3Dデータも活用できないのだろうか。
杉浦さんは「そっちの方が怖くないですか?」と語った。
顔や指紋といった生体認証の情報は「変えることができない」と杉浦さんは指摘する。暗証番号は、他人に知られたときには変更できるが、自分の顔を変えるのは困難だ。
そのため、スマートフォンでは、認証用データを外部に送信しない、元画像に復元できないデータにして保存するといった対策をしている。
マイナンバーカードを読み取るカードリーダー=2023年7月、浜松市で
杉浦さんは現状のマイナカードでは「3Dデータを安全に使うのは難しい」と語る。3Dデータをカードの外部に出さないまま認証に使うといった処理が、ICチップの性能面から難しいという。
認証しづらさの改善は、認証データが盗まれるリスクとのバランスを見ながら判断する必要がある。
「顔認証が高い精度ではない現状を、ある程度受け入れた方がいいのか」と尋ねた。
杉浦さんは「全体的には安全になるということですね」と答えた。
◆デジタル庁の考えは
デジタル庁は2026年を視野に、現状のマイナカードよりも機能を向上させた「次期個人番号カード」を導入しようとしている。偽造防止対策を踏まえたデザインの見直しや、電子証明書の暗号方式の強化などが目指されている。
顔写真は、現状の顔認証でも「大きな支障が生じていない」という判断から、白黒の平面的な画像だけという今のままとなる予定だ。
将来的には、顔の3Dデータをマイナカードで使う可能性はあるのか。
デジタル庁幹部は取材に、カードの取得希望者から3Dデータを集めることや、3D対応のカードリーダーを普及させることが現状では困難だと指摘。
幹部は「マイナンバーカードは、使う方のすそ野が広い。3D認証の方が精度が高いと認識しているが、今は時期尚早で、現実的ではない」と語る。
セキュリティ対策については、平面的な写真を入れている今のICチップでも重視していると説明し、「3Dデータに変わるなら、しっかり守るのは、ますます当然です」と答えた。