大げさにいうならば、私の人生に多大な影響を与えた心友(親友)が、遠くフランスの地で頑張っています。
手紙好きな私は暇を見ては近況を書き送っていますが、彼女はこのブログにも訪れてくれていますので、おおよその私の動向はわかるようです。
つい先日送られてきたメールに、私の最近の仕事に関して「誠(まこと)持って事ごとを進めている人は、より良い方、明るい方向へ進んで行くんだなーって」と書いてありました。
「誠(まこと)」の心という古めかしいけれど、ニュアンスが伝わってくる言い回しが、いかにも彼女らしいと思いました。
それに、私が今必要な言葉であろうこともピンと感じました。
ところで、この場合の「誠」の意味を辞書で引くと、
「相手のために尽くそうとする真情以外に、不純なものがまったく含まれていないこと」とありました。
こういった心でことにあたるというのは、仕事に限らずどんな場面でも大事でしょうが、結局のところ仕事は人格の延長にあると思うので、人格を磨くことが「誠」になるんだろうと思うわけです。
人に喜ばれる存在になること。
これはきっと「幸せ」のキモだと思います。
魂が鍛えられるには、そのための試練もあるハズ。
起きてくる現象をすべて受け入れて、淡々と歩いていれば、思わぬビッグサポートが得られるような気がします。
MAKOTOはしっかりくっきり私の胸に刻まれました。

手紙好きな私は暇を見ては近況を書き送っていますが、彼女はこのブログにも訪れてくれていますので、おおよその私の動向はわかるようです。
つい先日送られてきたメールに、私の最近の仕事に関して「誠(まこと)持って事ごとを進めている人は、より良い方、明るい方向へ進んで行くんだなーって」と書いてありました。
「誠(まこと)」の心という古めかしいけれど、ニュアンスが伝わってくる言い回しが、いかにも彼女らしいと思いました。
それに、私が今必要な言葉であろうこともピンと感じました。
ところで、この場合の「誠」の意味を辞書で引くと、
「相手のために尽くそうとする真情以外に、不純なものがまったく含まれていないこと」とありました。
こういった心でことにあたるというのは、仕事に限らずどんな場面でも大事でしょうが、結局のところ仕事は人格の延長にあると思うので、人格を磨くことが「誠」になるんだろうと思うわけです。
人に喜ばれる存在になること。
これはきっと「幸せ」のキモだと思います。
魂が鍛えられるには、そのための試練もあるハズ。
起きてくる現象をすべて受け入れて、淡々と歩いていれば、思わぬビッグサポートが得られるような気がします。
MAKOTOはしっかりくっきり私の胸に刻まれました。
