蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

希望荘

2020年01月16日 | 本の感想
希望荘(宮部みゆき 文春文庫)

杉村三郎は、浮気した妻と離婚し、傷心を抱えて郷里の山梨へ帰る。農産物の直販所で働くうち、調査会社の若社長と知り合い、誘われて私立探偵をすることになる(砂男)。東京の下町の古い民家を借りて事務所にする。近所の人からの依頼を受けて行方不明になったおばあさんを探したり(聖域)、介護施設にいる父親が昔の殺人事件に関わっていたのではないかと心配する息子からの依頼で過去の事件を調べたり(希望荘)、女子高生の依頼で母親の再婚相手の行方を探ったりする(二重身)中編集。

本作は杉村三郎シリーズの4作目で、文春文庫版には本シリーズを紹介した小さなリーフレットがはさみこまれていた(文春文庫は葉村晶シリーズでも同様のリーフレットを挟み込んでいる。とても良い企画でこれだけで買う気になってしまう。古本や図書館対策?としても有効そう)。
このリーフレットの中の著者インタビュウで、杉村三郎シリーズは最初から私立探偵ものとして構想したものだと明かされる。3作目まで杉村三郎は大企業グループの総帥の娘のムコとしてそのグループの広報誌の編集者であって、身近で起きる事件にまきこまれたりするだけで私立探偵ではない。3作ともかなりの分厚さの大作なのだが、著者によるとこの3作は三郎が私立探偵になるまでのプロローグにあたるものなのだそうだ。
まあ、確かに宮部さんの小説は全般的に長いけど、大長編3冊がプロローグに過ぎないとは・・・最近トシのせいか長い小説を読み通すのがつらいときがあるんだよね。

その点本作はで各編が文庫本で100ページくらいで終わるので、ほどよい長さで楽しめた。特に表題作の「希望荘」がよかった。解決のロジックにはやや無理があるし、後味があまりよくない(宮部さんの現代ものミステリはそういう傾向が強い。杉村三郎シリーズの「ペテロの葬列」なんかが典型)のだが、手慣れたストーリーテリングで面白く仕上がっていた。
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みかづき

2020年01月14日 | 本の感想
みかづき(森絵都 集英社文庫)

昭和36年、小学校の用務員だった大島吾郎は、放課後、用務員室で子供に勉強を教えていた。教え方がうまいと評判になり、ある子供の母親である赤塚千明にそそのかされ、学習塾を開くことになる。吾郎の指導によって学習塾は発展していくが、千明はさらに拡大を目論んで、吾郎が目指す補習塾としての位置づけを変えようとする・・・という話。

吾郎・千明の子供や孫に至るまでを塾を中心とした教育との絡みで描く大島一家の年代記のような内容。地味な素材なのだが、著者によって波乱万丈の面白い物語に化けていて、文庫本で600ページという長さを感じさせない。

私自身、塾や予備校に通った経験がない。浪人すれば予備校に行く人もいた(それもあまり多くはなかった)が、現役時代から学校以外の所でお金を払って勉強する、というのは昭和時代においてはむしろ奇異なイメージだった。
これは私が田舎育ちということも大きく、東京や大阪では本作に描かれたような塾同士の血みどろの戦いが繰り広げられていたのだろう。
そうした競争の中で、異端視されていた塾や予備校は発展し、今時は「塾に行ったことがない」というの子の方がむしろ珍しいものになってきた。

戦中にあって「神風なんか吹かない」と言ってしまうような開明的な父に育てられた千明は、教育によって国の方向を過たないような人間を育てたいという高い志を持っていたのだが、子供の指導を吾郎に任せるうちに、経営を拡大したいという欲望に駆られるようになってしまう。
これもまた高度成長期の、あまたの業界や企業で観察された経営者の姿だろう。事業拡大が続くうち、創業の理念は忘れ去られ、トップラインのシェアや利益だけを追い求めるようになってしまった例は多かったように思う。
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七つの会議

2020年01月04日 | 映画の感想
七つの会議

大手電機メーカーの系列会社:東京建電では強烈なノルマ営業がはびこっていた。優秀な業績を続ける営業一課長の坂戸(片岡愛之助)に比べ、ノルマ達成にも呻吟する営業二課長の原島(及川光博)は肩身が狭い。
坂戸の部下の八角(野村萬斎)はかつてのトップセールスだが、今ではツメの会議中も居眠りしているようなグータラ社員になっていた。
ある日しびれを切らした坂戸は八角を強く叱責するが、それを理由にしてパワハラで左遷されてしまう・・・という話。

まあ、この後もありがちな筋が続くのだけど、営業部長役の香川照之を筆頭に芸達者のキャストが濃い目の演技で盛り上げてくれるので最後までそれなりに楽しめる。

個人的な好みとしては、香川さんと野村さんの役を交換したらもっと良かったとは思うが・・・(野村さんが部下を猛烈にツメたりするシーンなんてマジ怖そう)

それにしてもキャスティングが豪華すぎる。目移りしてしまって集中できない感じ。やはり脇役には脇役らしい配役とか知る人ぞ知る的な無名の役者の方がいいなあ、と思った。

ちょっと前までは不成績な社員を精神的に追い詰めて(多少際どいセールストークを使ってでも)ノルマを達成させる、なんてどこの会社でも見られた光景だろう。
でも、本作内でのそういった場面を見ていると、ずいぶん時代錯誤に感じられた。多分、世の中は多少なりともいい方へ向かっているような気分になった。
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