落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第28話 お座敷デビュー?

2014-11-04 12:05:31 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第28話 お座敷デビュー?



 「ほんまか、おい。お前、佳つ乃(かつの)からデートに誘われたんだって?。
 それも老舗おぶ屋のホームバーに来てくれなんて、ただ事じゃねぇ」

 次の日の夜。早い時間におおきに財団の理事長がやって来た。
路上似顔絵師の話を聞いた理事長が、目をまん丸にして驚く。


 「わしだってこの仕事をしとるというのに、いっぺんも招待なんかされたことがねぇ。
 へぇぇ、よっぽどお前はんのことが気にったんだな。うらやましいね、色男。
 いよいよお座敷デビューか。その若さで大したものだ」



 「いえ。ただ、富美代のホームバーへ8時に来てくれって言われただけです。
 だいいち僕は、見た通り、まったくの貧乏人です。
 とてもではありませんが、お金のかかるお茶屋遊びには無理が有ります」


 「おぶ屋というのは、選ばれた人間しか上がれへん。
 長年京都に住んでおっても、おぶ屋遊びと無縁という人間が圧倒的に多い。
 そういう意味で言えば、おぶ屋は、京都のブラックボックスや。
 京都以外に住んでいる人から見れば、おぶ屋は摩訶不思議な魔境に思えるやろう。
 夜ごと、いかがわしい事が繰り広げられとる、お金持ちの為の社交場だろうと
 誤解をされとる。
 いかがわしい事はおこなわれておらんが、ある意味で社交場という表現は当てはまる。
 ヨーロッパで言う「クラブ」や「サロン」の様なものや。
 おぶ屋の常連、つまり「クラブ」のメンバーになる事で社会的地位や身分が保証される。
 京都において、おぶ屋のメンバーである事の信頼は絶大やからな。
 やけど誰がメンバーであるかという事は、傍目からは絶対にわかれへん。
 クラブ・ジャケットがある訳でもないし、メンバーズ・リストが
 公表されとる訳でもない。
 おぶ屋の玄関をくぐってそこの女将から「おかえりやす」と言われて、
 はじめてメンバーだという事がわかるもんや」



 「いえ。お座敷ではなく、ただホームバーに呼ばれているだけです。僕は」

 
 「そや。そのホームバーこそが、お座敷への入り口なんや。
 初めての客がいきなりお座敷へあがるのは、窮屈なものや。
 だいいち花街の知識や仕組みを熟知せんで遊んでも、何がおもろいのかすらわからん。
 まずはホームバーに腰掛けて、観察するトコからはじめるものや。
 大抵のおぶ屋は、お座敷の他に気軽に飲めるホームバーを持っとる。
 舞妓を呼ぶ事はでけるが、基本的にお喋りをするだけで、舞の鑑賞は出来ない。
 新参者は女将と会話する中から、ちびっとづつ祇園を学ぶ。
 質問すれば、大抵の事はおせてくれる。
 時間が経つにつれて、聞きにくくなる事もぎょうはんある。
 だから、最初が肝心や。
 答えをはばかる様な内容もあるやろうから、まわりのお客に悟られへん様に
 こっそりと聞くこともポイントや。
 おぶ屋では見栄をはらんでまわりと接していれば、後になって後悔することがない。
 祇園には信じられんほどの金持ちが、ゴロゴロ転がっとる。
 祇園に来る客の中では、自分が一番の貧乏人だと自覚しとるくらいが丁度ええ」


 「詳しいですねぇ、理事長は。さすがのものです」



 「馬鹿もん。痩せても枯れても、公益財団法人・京都伝統伎芸振興財団の理事長だ。
 京都の5花街のことなら隅から隅まで、わしに聞け」

 「では、教えてください。佳つ乃(かつの)さんよりも先に着くと思います。
 そのときお茶屋のホームバーでは、どんな風に過ごしたらいいのですか?」

 
 「ホームバーに腰掛けて一段落つく頃になると、大抵、女将が
 『どなたか言いましょか?』と聞いてくる。
 『どなたか言いましょか?』とは、どなたか芸妓か舞妓を呼びましょうか?
 という意味や。
 女将が忙しそうで、相手してもらえそうに無い時は、話し相手に
 だれか呼んでもらうのも勉強や。
 もちろん最初は、馴染みの芸妓や舞妓がいる訳ではおまへん。
 誰を呼ぶのかは、女将にまかせるのが賢明や
 指名したい妓がいたとしても、突然に呼ぶ訳やし、相手の都合もある。
 祇園甲部に、お茶屋は80軒。芸妓と舞妓が120人。
 お茶屋に、一人でも芸妓か舞妓がいれば、そら大した事なる。
 競争率が厳しい中、芸妓や舞妓をどれほど引っ張ってこれるかがお茶屋の力になる。
 超売れっ子の舞妓などの場合は、ほとんど毎日の様にお座敷がかかっとるから、
 どうしても呼びたい場合は、あらかじめ花をつけておく。
 花をつけておくとは、あらかじめ予約をいれておくという意味や。
 だが、お前はんの場合は、最初から幸運だ。
 売れっ子芸妓、佳つ乃(かつの)からの逆指名や。
 どんと構えて佳つ乃(かつの)が来るまで、ちびちび呑んでいるがええ」


第29話につづく

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