「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第31話 恋の予感?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/63/a291b2d8638652cbfba94dcd36cf197a.jpg)
結局。夜景を見るために、2人が並んで椅子席に座る形になった。
女性は夜景が大好きだ。
色彩を識別するための能力が、男性よりもはるかに優れている。
女性の唇を彩る、たくさんの口紅の色に、あれほどたくさんのバリエーションがあるのは、
そうした女性の識別能力の高さを、見事に証明している。
夜景を見つめる佳つ乃(かつの)の瞳が、きらきらと潤んでいる。
佳つ乃(かつの)は空中にワイングラスを置いたまま、飲むことを忘れている。
真近に見下ろす梅田の夜景に、すっかり心を奪われているからだ。
路上似顔絵師もまたこれほど近くで、女性の横顔を見つめるのも初めてのことだ。
女性は何故、目の前にひろがる夜景に夢中になれるのだろうか・・・
その答えを探すことよりも、かすかな潤いを浮かべている佳つ乃(かつの)の瞳を、
盗み見ることに、似顔絵師はすっかり夢中になっている。
2人が並んで座ってから、5分余り。
「あのう・・・ひとつだけ、質問をしてもいいですか?」と
路上似顔絵師が、佳つ乃(かつの)の横顔に向かって声をかける。
「あら。ごめんなさい。すっかり夜景に夢中になっとったわね、ウチったら・・・」
なぁに聞きたいことって、潤んだ瞳が、路上似顔絵師の顔を真正面から覗き込む。
その距離、わずか数十センチ。
至近距離に佳つ乃(かつの)が寄ってきたことで、路上似顔絵師が動揺を見せる。
「あ・・・大したことでは無いのですが、少しばかり気になっていることが有って・・・
あのう。顔が近すぎるので、もうちょっと離れてもらってもいいですか。すみません」
自分が悪いことをした時のように、路上似顔絵師が顔を真っ赤にしてうなだれる。
「ええではおまへんか。2人だけだもの。
ウチに何が聞きたいの。なんでもええから、遠慮せんで聞いてちょうだいな。
ここはプライバシーが保障されとる完全個室や。
お座敷での出来事以外なら、聞かれたことを全部お答えしますさかい」
「お座敷で起きたことは、絶対に、口外をしないのですか?」
「お座敷は秘密のベールに包まれた、大人のオアシスどす。
何が有ろうと何が起ころうと、一歩外に出れば、すべてを忘れるのが掟です。
お座敷遊びは、お互いの信頼関係で成り立っています。
うふふ。とにかく口が堅いのよ。
おぶ屋の女将も。芸妓も。お座敷にお見えになるお客様も」
「そんなものなのですか、お座敷遊びというものは」
「そないなものどす。でもあんたが聞きたいのは、お座敷の事ではおまへんでしょう。
何故、自分が指名されたのか、その理由が聞きたいんでしょ?」
「図星です」
「理由は簡単どす。あんた、清乃にスケッチブックを贈ったことがあるでしょう。
清乃に恋をしとるのかと感じました、最初の頃は。
丁寧に書いてあるし、清乃を見つめる視線の中に、真摯な姿勢を感じたもの。
でも、いくつか見ていくうちに、画家が対象物を見つめていくときの
ただの鋭い観察眼だと、ウチもようやく気が付いた。
それよりもウチは、あんたの絵の中にときどき現れる、可能性を見つけました。
あんたが描く線の中に、鋭く光る感性のようなものを感じます。
それも限られたごく一部分だけにどす。
限定的にあらわれる、あんたはんの可能性。
ウチはそれに惹かれました。
限定的と言う意味は、それ以外はまるっきしの未成熟状態という意味どす。
磨けば光る原石かもしれません。
でもまったく光らないままの、ただの石ころかもしれまへん。
でもたしかに、可能性のようなものをあんたに垣間見ました、ウチは」
「絵を書く才能がまだどこかに潜んでいるという、話ですか?」
「その口ぶりでは、やっぱり、絵を描くことに関して、すでに挫折済みのようですね。
パリに行ったのは、絵描きになりたいためでしょう?。
モンマルトルの丘で似顔絵を描いとったのは、たぶん、才能の挫折を感じたからでしょう。
あんたの絵がものになるとは言いまへん。
でも、画家を志すことを諦めるのも、まだまだ早すぎます」
「諦めず、もっと絵をかけということですか、僕に」
「応援してあげる。ウチがあんたを全力で。
若いんや。もっと夢を見たってええではおまへんか。
もしかしたら、ひょっとして、奇跡の新星が生まれてくるかもしれへん。
あんただけやった。清乃のことを真正面から、誠心誠意、見つめてくれたのは」
第32話につづく
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