落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第48話 3者面談の日

2014-11-29 12:26:41 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第48話 3者面談の日



 ついにその日がやって来た。
帰国子女のサラが舞妓になるために、最初にくぐる大きな関門。
3者面談の当日がやってきた。


 朝早く、似顔絵師が、佳つ乃(かつの)からの電話で起こされた。
「なんや、まだ寝てましたんかいな。いま、髪結いさんからどす」
鬘(かつら)を被ってお座敷に出る芸妓は、髪結いさんには通わない。
美容院で、自分好みに髪をセットする。
佳つ乃(かつの)は、さらりとしたショートボブが好みだ。
「美容院からでしょう?」と反論しても当人は、「ううん。髪結いさんからや」
と、一歩も譲ろうとしない。



 「ウチが髪結いさんへ、朝早くから行くこと自体が事件どす。
 舞妓の頃は朝早くから通ったもんどすが、いまは鬘やさけ、楽なもんどす。
 間もなく終わります。どこかそのあたりで、お茶などしましょう。
 スターバックス・コーヒーでどないや?。
 烏丸通りある、ガラス張りのラウンジで逢いましょう」


 それだけを伝えると、電話は一方的に切れた。
ガラス張りのラウンジというのは、地元の人から「六角さん」と呼ばれて
親しまれている、六角堂がよく見えるように全面がバラス張りされた、
京都烏丸通り六角店のことだ。
六角さんの正式名称は、紫雲山頂法寺(しうんざんちょうほうじ)。
聖徳太子が建てたと伝わっている古寺で、上から見ると本堂が六角形で
あることから「六角堂」の通称で知られている。



 佳つ乃(かつの)は、待たせるとうるさい。
急いで着替えを済ませ、髪を整えながら通りへ飛び出す。
15分ほど歩けば着くが、途中で佳つ乃(かつの)から、催促の電話がかかって来た。
「いま、どこ?。頼んだコーヒーが、冷めてしまいます」
案の定だ。駆け足で飛び込んだスターバックスの店内で、佳つ乃(かつの)はもう、
うんざりしたような顔で、コーヒーを口に運んでいる。



 「催促されて、ダッシュで飛んできた。不満そうな顔はやめてくれよ」


 「不満な顔をしているわけやあらへん。生まれつきこういう顔どす。
 ただ、いつになく、緊張しとるだけや。
 なんのために朝早くから髪結いさんへ来てると思うねん。
 今日はサラの、3者面談の日やで」


 「あ、今日が3者面談の当日か。
 女将さんとサラと、保護者のお母さんの3人で、3者面談をするわけだろう?。
 君は関係がないはずだ。でも、それにしてはおかしいねぇ。
 わざわざ髪をセットに行ったわけだから、君も同席をして、
 今日は、4者面談になるわけかな?」



 「せっかくのお休みやったのに、3者面談のせいで、デートの予定はお流れや。
 寂しいだろう思うて、こうして朝早うから電話をしてあげたんやでぇ、
 すこしはウチに、感謝しいや」


 なるほど、ようやく筋書きが読めてきた。
覚悟は決めているものの、やはり当日になると不安が先走るようだ。
舞台裏の話だが、祇園の3者面談は厳しいことで有名だ。
屋形のお母さんのところへ、舞妓志望の話が届く。
話を聞いたお母さんが、「ほな置いてみよかいな」と応じると、
「いっぺん親御さんと一緒に来とぉくれやす」と、3者面談の日時が設定される。



 3者面談は、学校で行われている進路相談と同じようなものだ。
基本的に教師の前に生徒が座り、生徒の左か右隣りに、同伴した保護者が座る。
L字や、逆L字型に座ることが多い。
よりよい将来を考える相談の場だが、極度の緊張と、精神的苦痛を伴うことが多い。
3者とも意欲と決意を持って臨むべきだと、ガイダンスには書いてある。



 屋形の3者面談も、ほぼ同じようなものだ。
お母さんはまず、仕込み時期の修業がどれほどつらいもんか、本人に説明する。
「そんな厳しいとこやったらやめとき、と思わんのゃったら、
どうか、お引き取り下さい」、と親御さんにも説明をする。
「途中で辞められたりしたら、世間体もおますし、それまでの投資が
無駄になりますさかい」と、ことさら金銭的な消失を強調する。


 それでも、頑張りますと本人が云い、親御さんもそれやったら
あんじょうお頼申します、と話がまとまったら、いよいよ
置屋に住み込むことになる。
住込みの、仕込みさんとしての修業が始まることになる。



 「君が今から緊張していて、どうするの。
 面接を受けるのは、帰国子女のサラちゃんのほうだろう」


 「そんなこと云うたかて、ウチ緊張で、もう、キリキリと胃が痛んできた。
 あかん。今からどこぞへ逃げたい気分になってきた・・・
 どないしょ。憂鬱やなぁ、3者面談なんて。
 どうしたらええんやろ。うまくいかなかったらどないしょ。
 それを相談したくて、朝早くから、あんたを此処へ呼びだしたんや」


 「君が逃げ出してどうするの。
 まったく・・・駆け出しのおちょぼじゃあるまいし。
 冗談は、顔だけにしてくれよ。
 あれ・・・髪型を変えたの?。少し、雰囲気が違うけど・・・」


 (遅いわよ、気が付くのが)と佳つ乃(かつの)が、目を細めて笑う。
(なんだよ。新しい髪型が見せたくて、わざわざ呼びつけたのかよ。朝早くから)
渋い顔を見せる似顔絵師とは裏腹に、髪のセットを終えた佳つ乃(かつの)は、
新しい髪型を見せたことだけで、実は、充分だ。
女は、何を考えているか分からないから、手に負えない部分が有る・・・
まいったなぁとぼやいた似顔絵師が、苦いコーヒーを、
ごくりと喉の奥へ流し込む。


 
第49話につづく

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