落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第47話 仲良く歩こう、2人して

2014-11-27 10:59:30 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第47話 仲良く歩こう、2人して



 茅葺きの農家を過ぎると、また竹林が近づいてくる。
颯爽と歩いていた佳つ乃(かつの)が、歩く速度を緩めた。
追いついてくるのを待っている雰囲気が、背中一面に漂っている。


 案の定、「仲良く歩こう。おおさわの池まで」と甘えた声が
風に乗って、聞こえてきた。
甘えるとき、この人は、まるで少女のようなあどけなさを見せる。
ふわりと揺れる、ショートボブも魅力がある。
笑うと30歳と言う年齢が、まるで魔法のように消えていく。
無邪気に笑う口元が、まるで、おとめの様に幼く見える。
(ホントはいくつになるんだ、あんたって人は)と聞きたいくらい、
確実に、年齢が若返る。



 「住宅の裏と、作物が実る畑道を抜けて、大沢の池までは、
 ゆっくり歩いても、たったの15分。
 いいじゃないの。そのくらいの距離は、仲良く一緒に歩いても」


 「嫌とは言いません。
 けど、さっきのようにまた、大きいお姐さんたちに出会ったら困るでしょ。
 僕は平気でも、佳つ乃(かつの)さんが大変になると思います」


 「日本最古の人造の池。おおさわの池なら可能性があるわ。、
 でも、もうこのあたりには居ないわよ。
 こんな田舎道に、いつまでも私より大きいお姐さんたちが居たら
 似合わないし、可笑しいでしょう。
 要るとすれば、農作業中のおばちゃんか。道に迷った観光客だけどす」


 「じゃ、僕たちの場合は?」と路上似顔絵師が悪戯半分に問い正す。
「目標を見失った、だいの大人。ついでに、恋に迷走している姉と弟!」
と佳つ乃(かつの)が、嬉しそうに笑いながら応える。
佳つ乃(かつの)機転は、いつでも早い。


 「やっぱり道に迷っているのか、俺たちは。そうだよなぁ・・・
 祇園甲部の売れっ子芸妓と、才能のない画家では、誰が見てもミスマッチだ。
 遊ばれているだけなんだな。気まぐれな、年上の女に・・・」

 
 「そんなことおへんて。あんたの勘ぐり過ぎや。
 ウチかてこんな風に男はんとデートするのは、久しぶりや。
 これでも精一杯、ウチなりに緊張してんのどす。
 お願いや。ウチに恥をかかさんといて。一緒に歩こう。大沢の池まで」



 根負けした似顔絵師が、日傘の下のもぐりこむ。
薄化粧の佳つ乃(かつの)から、なんともいえないいい香りが漂ってくる。
香水とは異なる、和のいい香りだ。
肩を並べて歩きはじめると、佳つ乃(かつの)の横顔が急に冷たい表情に変る。
あれほど並んで歩くことを望んだというのに、一緒に歩きはじめると
途端に何時も、こんな風な無表情に変る。



 「緊張してるぜ。君の横顔」


 「いけず。あんたが最短距離に居るからやんか。
 これでも胸のドキドキを、せいいっぱいに、我慢してんのどす」


 「接近しただけで、胸がドキドキするの?。
 海外の国賓級まで接待した君が、俺ごときが肩を並べただけで、
 そんなにも、緊張するの?」


 「心臓に毛が生えておるわけやおへん。そこまで疑うなら、論より証拠や。
 ウチのドキドキを、じかにその手で確かめたらええどしゃろ」



 いきなり似顔絵師の手にした佳つ乃(かつの)が、自分の胸元に導く。
ふくらみに触れた瞬間、釣鐘のような鼓動が、指先からしっかり伝わって来た。
「嘘やおまへんやろ」再確認をさせるように、佳つ乃(かつの)がさらに、
似顔絵師の指先を、強く胸元に抑え込む。
そのまま数秒。2人の動きが氷のように固まって動きを停める。



 「あ・・・」やがて、どちらからともなく、小さな声があがる。
「ウチったら、なんて事を・・・」
顔を真っ赤にした佳つ乃(かつの)が、慌てて、似顔絵師の指先を開放する。
開放された似顔絵師の指先が、しばしの間、次の行先を探っている。
「じゃ、ここ」と佳つ乃(かつの)が、日傘の柄を差し出す。
手渡すのかと思いきや、「ウチの指の上から掴んで」と、すかさず命令が来る。
似顔絵師が日傘の柄を、佳つ乃(かつの)の指の上から掴み取る。



 日傘を支えている佳つ乃(かつの)の指先が、かすかに震えている。
(本当に緊張しているんだ。この人は・・・)
後の言葉が出て来ない。
日傘を支えあったまま、また2人が寄り添い合う。
赤い鳥居から、おおさわの池までの短い道のりを、2人は仲良く
ゆっくりと歩き始める。


 
第48話につづく

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