「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第41話 東京者には、負けられへん
「お前はんのほうからの交換条件か。ええやろう。何でも言うてくれ。
それにしても、良く引き受けてくれる気になったなぁ。
その気になった決め手は、いったいなんだ?」
「東京には、絶対に負けられません。
このあいだ、上京した際、東京で最高齢の売れっ子芸者はんにお会いしました。
91歳になられる『ゆう子』はんという方どす。
唄や踊りが日常やった芸人の家に生まれ、3歳で初舞台を踏んだそうどす。
13歳で花柳界に入ったそうどすから、この道、78年の大ベテランや。
浅草の見番でお会いした時は、涼やかな水色の着物に、白と紺の帯を締めてはりました。
薄紫の道行を羽織って、さっそうと現れました
思わず、『お元気どすなぁ』と声をかけたら、『ええまだ91歳どすから』と
軽やかに切り返されました。
予定が入っていなくても、急にお客はんから電話があるかもしれん。
観劇などのお誘いもあるかもしれん。
そないな時、すぐ対応でけるよう、常にきちんと居ずまいを正しておるそうどす。
つい、面倒くさいと流されて、生活が崩れていくことを許さないお方どす。
息子はん夫婦と孫と2世帯住宅に暮らしていますが、自分自身の生活の場は
あくまでも独立した2階だそうどす。
稽古場もあり、24人のお弟子はんが小唄を習いに来とるそうどす。
青い目の外人芸者はんが、結果的に除籍されたことは、むちゃ不幸なことどす。
けど浅草が粋な街であることに変りは有りません。
そんな風におっしゃっていたのを、思い出しました・・・
年を取るとあきまへんなぁ。肝心なことを、いとも簡単に忘れてしまいます。
400年の歴史を持つ浅草の花柳界が、青い目の外人はんをいっぺんは受け入れたんや。
伝統と格式を誇る京都が、帰国子女を拒否するわけには、いきまへんなぁ」
「ええ覚悟や。それでこそ祇園を背負って立つ、福屋の勝乃女将や。
で、交換条件とはいったいなんや。言うてみい。
ワシも男や。覚悟は決めた。命以外ならなんでもお前はんのいう事をきくでぇ」
「覚悟を決めるのは、理事長やおまへん。弥助はんのほうや。
帰国子女をウチが預かるという事は、佳つ乃(かつの)にまた、
妹芸妓を預けるということになるんどす。
ほんでもええというなら、この話、責任もって承諾しましょ」
「ワシなら異存はない。
だが、佳つ乃(かつの)がどう反応するかまでは、責任が持てん。
手塩にかけた清乃がついこのあいだ、引き祝い(引退)をしたばかりや。
気持ちが傷ついているのは、ようわかる。
時期が悪い・・・説得する自信が、今のワシにはあらへん」
「あんたらしくありまへんなぁ、腰砕けや。
親代わりで育てたあんたが、そない弱気なことでどうすんねん。
あんたが説得せいで、誰が佳つ乃(かつの)を、説き伏せるんや。
しっかりしてや、弥助はん。あんただけが、頼みの綱なんやでぇ」
「そうは言われてもなぁ・・・」とバー「S」の老オーナーが、
チラリと、理事長の横顔を盗み見る。
(親代わりで育てた?。実の親子じゃないのか、オーナと佳つ乃(かつの)さんは)
カウンターの端に居た路上似顔絵師は、その言葉を聞き逃さなかった。
聞きにくいことはすぐに聞け、と、理事長に教えられたことを思い出す。
時を逃すとあとでは聞きにくくなる・・・忍び足で理事長に近づいた似顔絵師が、
耳元でそっと小さくささやく。
(理事長さん。オーナと佳つ乃(かつの)さんは、実の親子ではないのですか?)
(おっ、恋人のことが心配になったてきたのか。なかなかに、ええ傾向や。
弥助は、いってみれば佳つ乃(かつの)の後見人みたいなもんや。
そこにいる女将の勝乃は、佳つ乃(かつの)の育ての親や。
この2人に支えられて、佳つ乃(かつの)は祇園を代表する芸妓に育った。
なんやお前。佳つ乃(かつの)から、なんも聞かされておらんのか?)
(はい。今夜、初めて事実を知りました)
(佳つ乃(かつの)の身辺にはちびっとばかり、込み入った事情が転がっておる。
そうや。お前はんからも援護射撃をしてくれへんか。
頼みの綱の弥助があの調子では、説得するのはえらいじゃろう。
お前はんの言う事なら、ひょっとして佳つ乃(かつの)が聞き入れるかもしれん。
もしも佳つ乃(かつの)がごねた時には頼んだぜ。この芸妓泣かせの色男!)
(あ、いえ。僕らはまだ、決してそんな関係ではありません!)
(阿呆。それくらいのことは、見ていて百も承知や。
だが、ちびっとばかりやけど、佳つ乃(かつの)が綺麗になってきたのは事実や。
ひょっとすると、瓢箪から駒が出るかもしれんな。
お前。死ぬ気できばってみい。
もしかしたら今度は、長年の開かずの扉が開くかもしれんで。
むっふっふ・・・楽しみやなぁ)
帰国子女を受け入れると表明した女将を、理事長がほっとした目で見つめる。
(だが問題は、佳つ乃(かつの)が帰国子女を、受け入れてくれるかどうかだな。
それにしても、これで、とりあえず第一段階はクリアした。
やれやれ我が孫のこととはいえ、まだまだ前途は、多難の様だな・・・)
第42話につづく
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