いわき・うぶすな広場だより

セカンドライフの生き方を書いています。

いわきの修験道を探る・4回目に参加・・・前期市民講座

2021-11-19 13:35:57 | いわきの歴史

今朝の皇帝ダリアです。
今年は大きくたくさん咲いてくれています。


青空のもと気持ちがいいです。


☆浄月院について(天台系・・本山派)
 植田町横丁にあった。


☆和歌森太郎「修験道史研究」より
山伏法度(1613年)
修験者(山伏)が
当山派(天台系)、本山派(真言系)のどちらかに属し
その統制のもと宗教活動を行うこととされた。


☆光明寺の訴訟に対する
 松本筑後の返答書を読む・・・安永九年(1780年)
 ・・・山伏と社家の対立


☆京都吉田家発給の社家諸法度(寛文三年・1663年)
 花園文書・下神谷愛宕花園神社吉田家蔵)
・・・山伏と社家の区別をして混乱を避けた。


☆当山派(真言系)について


☆羽黒派について
 (羽黒山と月山は本山派に入るが
  湯殿山は当山派に入るという複雑な関係に。)

いわきの修験道を探る・4回目に参加。
講師は
上妻又四郎先生でした。

今回は様々な史料の中から、
いわきにおける修験者たちの
本山派、当山派のどちらかに属さざるを得ない状況や
羽黒派が本山派と当山派に分かれた状況を
史料を基に学ぶとともに
山伏と社家とのトラブルを
訴訟状を見ながら学びました。

次回で終了となります。

明治になり修験者たちがどうなったのか
学べそうです。

日めくりカレンダーから
☆私は私と
 友達になりたい
    福岡県 専業主婦の方

自分に自信がなくなっていた時に
友人の一言でした。

 

コメント
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