箱根登山鉄道の箱根湯本の一つ手前「早川」で下車、石垣山の一夜城をめざした。
二級水系 早川、延長 20.65 km、水源の標高 723 m、水源 箱根外輪山・芦ノ湖、河口の合流先、 相模湾、足柄下郡箱根町の芦ノ湖に源を
発し東に流れ、小田原市南町と小田原市早川の境界から相模湾に注ぐ、箱根外輪山からの水が芦ノ湖に集まり、芦ノ湖北端の湖尻より流下する
川が本流の早川と呼ばれる。河床勾配が大変急で、芦ノ湖が自然の調整池の役割を果たしている。
箱根登山鉄道 早川駅 早川
早川をわたると石垣山登山道にでる。石垣山は、小田原城の南西約2.8km地点にあり、1590年豊臣秀吉が後北条氏の小田原城を攻略した際、
築いた本陣のあったところであり、その名称は城壁の石垣に由来している。旧名は笠懸山。なお石垣山城は、関東で最初に造られた総石垣の城であり、
その石積みは近江国の穴太衆による野面積みといわれる。
小田原の役後は廃城となったが、その歴史的意義とあわせて城歴が限定されていることは、築城史を研究する際の規準となる遺跡であり、
価値が高いことから、1959年5月13日、国の史跡に指定された。現在は「石垣山一夜城歴史公園」として史跡の保存と整備が進められている。
山の中腹に石垣がおちている
石垣山山頂(標高241.6m)には、豊臣秀吉が小田原j北条氏を攻めるために築いた太閤一夜城城址があり、一夜で築いたという例えから「一夜城」
と言われているが、実際は4万人が動員され80日間かかったそう。展望台からは小田原市街~相模湾、三浦半島が一望できる。
橋を渡ると間もなく石垣山頂上近くに出る。
次回は石垣山一夜城跡へ。
二級水系 早川、延長 20.65 km、水源の標高 723 m、水源 箱根外輪山・芦ノ湖、河口の合流先、 相模湾、足柄下郡箱根町の芦ノ湖に源を
発し東に流れ、小田原市南町と小田原市早川の境界から相模湾に注ぐ、箱根外輪山からの水が芦ノ湖に集まり、芦ノ湖北端の湖尻より流下する
川が本流の早川と呼ばれる。河床勾配が大変急で、芦ノ湖が自然の調整池の役割を果たしている。
箱根登山鉄道 早川駅 早川
早川をわたると石垣山登山道にでる。石垣山は、小田原城の南西約2.8km地点にあり、1590年豊臣秀吉が後北条氏の小田原城を攻略した際、
築いた本陣のあったところであり、その名称は城壁の石垣に由来している。旧名は笠懸山。なお石垣山城は、関東で最初に造られた総石垣の城であり、
その石積みは近江国の穴太衆による野面積みといわれる。
小田原の役後は廃城となったが、その歴史的意義とあわせて城歴が限定されていることは、築城史を研究する際の規準となる遺跡であり、
価値が高いことから、1959年5月13日、国の史跡に指定された。現在は「石垣山一夜城歴史公園」として史跡の保存と整備が進められている。
山の中腹に石垣がおちている
石垣山山頂(標高241.6m)には、豊臣秀吉が小田原j北条氏を攻めるために築いた太閤一夜城城址があり、一夜で築いたという例えから「一夜城」
と言われているが、実際は4万人が動員され80日間かかったそう。展望台からは小田原市街~相模湾、三浦半島が一望できる。
橋を渡ると間もなく石垣山頂上近くに出る。
次回は石垣山一夜城跡へ。