まほろば俳句日記

毎日見たこと聞いたこと感じたことを俳句にします。JーPOP論にチャレンジ。その他評論・エッセー、学習ノート。競馬も。

オマエタチハ故郷ニ帰レ/新雑句雑感(181)~プロローグ5の終わり

2017-03-03 20:34:09 | 新雑句雑感

宵越しの金まうわずか梅見上ぐ  老梅やハンドルネームは熱海爺  梅ふふむ幻魔大戦未完なり(1980年代の人気漫画・アニメ)  散る梅にエヴァ1号機かざしけり  見晴るかす闇のごぼりと梅の庭  梅一輪エスパー猫の爪をとぐ  オマエタチハ故郷ニ帰レ梅二月  梅畑の土ひとつかみ帰郷せり  飛梅を見し緑児の昂ぶれり  寂庵の極彩色の梅屏風 


【俳句の此岸】70年代の空白に鳴り響いた音楽/私とは誰か~プレおたく世代の現在(7)

2017-03-03 12:16:44 | エッセー・評論

音楽が途切れ酒呑童子の夢から醒め   まほろば *この句は大井恒行さんのブログ『日々是好日』で取り上げられました。 

1970年代は前半と後半とではまるで違っていた。私は前半に大学入学のために上京したが、学生運動・ロックジャズ・アングラ演劇・・と60年代末の若者文化はソックリそのまま存在した。ただ、それらを包み込む時代の空気が根本的に変容していた。自由とはもはや当たり前のことになっていたし、同時に【いま・ここ】の自分という存在がすでに何ら疑いを挟む余地の無いものに成り下がっていた。前世代のカウンターカルチャー運動や自己変革の《熱気》は一掃されていた。【いま・ここ】の自分(実存)を揺るがし、何か別のものに更新してゆく期待感は周囲の空気を乱す【時代遅れ】のモノとして排除されつつあった。そんな中で私もまた旧時代の【自我意識】を、他でもない私自身の手で始末することを余儀なくされた。大学への登校(通学)拒否である。そこにある人もモノも未来(就職)も、すでに私の興味の対象では無くなっていた。そうこうするうちに1976年の秋であったか、中央線の行き止まりにある八王子にアローン(孤絶)というフリージャズのライブ・スポットでミルフォード・グレイブスという最先鋭のドラマーの来日コンサートが行われることになった。当時、私は既存の若者文化の中心であった中央線周辺からいったん離れ、新宿にほど近い初台という地の『騒(がや)』というスポットに毎夜通い詰めていた。フリージャズとは何だったのか?・・・《続く》