2月13日は新聞休刊日なので、昨日のコラムを一部紹介します。
・ ウクライナのゼレンスキー大統領の前任、ポロシェンコ氏は「チョコレート王」と呼ばれた。同国一の菓子メーカー「ロシェン」を経営し、富を築いたからだ
▲ただし、日本でウクライナのチョコはあまり知られていない。ロシアのウクライナ侵攻が続く中、「現地のショコラティエ(チョコ職人)を応援したい」と、通販大手「フェリシモ」(神戸市)のバイヤー、木野内美里(きのうち・みさと)さん(55)が奔走した
▲過去にはバレンタインデー向けに、日本初上陸ブランドを約250も開拓した。だが、戦争地域からの輸入は経験がない。ネットで探し当てたのが、ポーランド国境近くのメーカー「リビウハンドメイドチョコレート」だ
▲職人たちが、停電の合間にミサイルの恐怖と向き合いながら、一つ一つ手作りしている。「ぜひ日本の皆さんに食べてもらいたい」と商談はすぐに成立した
▲ポーランドから日帰りで取りに行き、ベルギーまで運んで日本へ、という輸送計画を立てた。ところが、ウクライナから品物を出すのが難航した。「ロシアへ金が渡る恐れはないか」「職人が親ロシアではないか」。予想もしない証明書を求められ、先月下旬にようやく国境を越えた
▲「こんな苦労は初めて」と話す木野内さんの努力が実り、日本に届けられた。SNS(ネット交流サービス)には「チョコで応援」というメッセージや、日本へ避難中の人の「大好きなチョコが買えると知り元気が出た」との声も並ぶ。お金や武器だけでない、こんな支援の形もある。
・ 刑法学の泰斗、団藤重光さんに寄稿をお願いするため、東京都港区の事務所を何度か訪ねたことがある。そのとき、「君は(寄稿テーマについて)どう思うの? 書いてみなさい」と命じられた。予想外の展開だ。でも恐れ多くて真意をお尋ねすることはできなかった。
▼先輩記者に伝えると、おおむねこんな推測であった。団藤さんは最高裁判事だった。最高裁の判決内容は、おそらく事務方が起案し、判事がそれを精査する。その習慣で...
・ 船が難破し、3人の学者が島に漂着した。缶詰を見つけたが、缶切りはない。「石をぶつけよう」と物理学者は言い、化学者は「火であぶり破裂させよう」と譲らない。打開策を問われ、経済学者は答えた。「ここに缶切りがあると仮定しよう」。
▼ジョークの世界で、経済学者はおもちゃにされやすい。一説には正解の数が学者の数以上にあり、「○○と仮定しよう」は、その世界の常套(じょうとう)句だという。難解極まる学問の本質を突いた皮肉だろう。現実の世界では、缶詰を開けた気になって腹を満たす人はいない。
▼折からの資源価格高騰や物価高に、企業も家庭も参っている。必要なのは暮らしの圧迫感を取り除き、上を向かせてくれる処方箋である。この人はどうやって、閉じた缶を開けるのだろう。日銀の次期総裁に、政府は経済学者の植田和男氏を起用する方針を固めた。
・ 歌手で俳優のマレーネ・ディートリヒが有望な若い作曲家と出会う。いい曲を書く
▼自分向きではないのでフランク・シナトラに青年の曲のテープを送るが、シナトラは採用しなかった。腹を立てたディートリヒはシナトラに食ってかかった。「今に見ていなさい。彼は有名な作曲家になる」
▼ディートリヒは正しかった。やがて青年は米ポピュラー音楽界で最も偉大な作曲家の一人となる。グラミー賞六回、映画音楽でアカデミー賞三回、手掛けたヒット曲は数知れず。バート・バカラックさんが亡くなった。九十四歳
▼ディオンヌ・ワーウィックの「恋よ、さようなら」、アレサ・フランクリンの「小さな願い」、カーペンターズの「遥(はる)かなる影」。曲名につい口笛を吹きたくなる。「雨にぬれても」に映画「明日に向(むか)って撃て!」でポール・ニューマンとキャサリン・ロスが自転車に乗るシーンを思う。情感豊かで覚えやすい曲が時代を長く彩った
▼シンプルに聞こえて、複雑な和音と変化するリズムで歌手泣かせの難曲が多い。ある曲ではワーウィックに三十二回も歌い直させた。「君ならもっとできる」。妥協のない仕事が名曲を生んだ
▼もう一曲挙げる。ジャッキー・デシャノンの「世界は愛を求めてる」。ベトナム戦争が背景だろう。必要なのは人の愛だと、歌う。その曲のボリュームを上げたくなる。今の時代にこそ。
※ 短い文章で、主題を伝え、少しニヤッとさせ、社会のためになる。
それが名文なのです。