とっつきづらい哲学や心理学の内容を、出来るだけわかりやすく完結に お伝えすることを目的としたチャンネルです。
動画の書き起こし版です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まず簡単に著者であるジャン=ジャック・ルソーについて紹介します。 ルソーの人生はどこからどう見ても波乱という言葉が似合うものでした。 生まれてすぐ母を亡くし、父の粗相で10歳の頃には父とも離れ、 それからは身寄りを転々としながら、虐待などを受け、非行に走り その経験からマゾヒズムに目覚めるなど、この時点で普通ではありません。 その後、15歳で家出をして放浪生活、拾ってくれた14歳上の夫人と 愛人関係になったり、家を出たりを繰り返します。 25歳の頃、夫人が新しい愛人を作ったことにより、決別。 その後は音楽家の仕事をしながら思想家としても活動します。 彼がすごいのは、音楽を始め、哲学やその他の学問について、 そのほとんどを独学で修めたことです。 これは、幼少期の虐待期間に、本を読むことが唯一の逃げ場所だったことも影響していると思います。 1762年に『社会契約論』と『エミール』を出版します。 しかしエミールでカトリック教会の批判をしていたことが問題になり、 フランスから追放されてしまいます。 その後はかのヒュームと仲良くなって支援をしてもらったりと、 各地を転々としながら暮らします。道中、精神病も患いました。 1778年に尿毒症で亡くなった後、フランス革命が起こります。 ルソーはフランス革命の功績者として、死後、国民から讃えられることとなります。 【エミール】の正式名称は【エミールまたは教育について】です。 このことからもわかるように、エミールは教育論についての本です。 (個人的にはもっと広義な人間論の本だと思っています) 本の構成は少し特殊で、単にルソーが教育論を語るのではなく、 エミールという架空の少年を設定し、ルソーがその少年の家庭教師になり 生まれたときから成人まで教育するという物語風に書かれています。 エミールにおける教育への功績としては 一般的に【子供の発見】が挙げられます。 それまでの社会では子供は『小さな大人』や『未完成な大人』だと認識されていました。 ルソーはそれを覆し『子供は子供である』と定義したのです。 また、エミールにて主張される教育方針は【消極教育】であると言われます。 積極的に大人が子供を教育するのではなく、 特に12歳(思春期付近)までは自然な状態を重視して、 なるべく外部からの情報やコントロールが加えられない教育を目指しています。 これらについては、エミールに収録されている言葉を引用するのが一番良いでしょう。 『子どもは、獣であっても、成人した大人であってもならない。 子どもでなければならない。 子どもは自分の弱さを感じなければならないが、それに苦しんではならない。 他人に依存していなければならないが、服従してはならない。 もとめなければならないが、命令してはいけない。』 少し個人的な解釈が入りますが、エミールで目指しているのは、 いわゆる現代が想定する『社会で役に立つ大人』の教育ではなく、 『人間そのものの教育』です。 普遍的な人間像が先にあり、社会にその形を変えられることなく、 人間を人間として育て上げることを最大の目的としています。 本書の中で、ルソーは何度も人間社会を悪として表現します。 子ども時代に、その人間社会の常識や固定観念を押し付けてはならない。 これは頻出する表現です。 それが端的に現れているエピソードは『宗教』についての考え方でしょう。 ルソーは、宗教は本来、心のうちから湧き出る信心によるものだと考えます。 だから、それがまだ不可能な未成熟の子供に、 宗教についての情報を外部から与えてはならないと言うのです。 これと同じような意味合いで、子ども時代には本すら読む必要がないと主張します。 そのような社会性のある情報については 大人になってからいくらでも学ぶことができるし、 子供の頃にそれらを学ぶことは、欲望がねじ曲げられたりするなど 百害はあっても一利もないと考えるのです。 ルソーは子供があるがまま(自然)に育つことを理想としました。 例えば、体を思い通りに動かす能力ですとか、 五感から得られる情報を正しくインプット、アウトプットする能力。 生物の死をはじめとした、自分ではどうすることもできない因果関係に対する理解など。 これらの人間本来の自然な能力を、 言葉ではなく、なるべく経験を通して教育しようとします。 しかし、これらの教育方針は簡単なものではありません。 普通に言葉で済ませられるようなことも、あえて周りくどいことをして 自発的、経験的に子供に学ばせる必要があるからです。 ルソーは、エミールが大きくなっていく中で立ちはだかるあらゆる壁に対して 消極教育をどのように行動にうつせば良いのかを 実例を交えて解説していきます。 この本が書かれたのは250年近く前ですから、 今の世の中とはまるで状況が違います。 そのため、その教育方法の中には目を疑うものも散見されます。 しかし、根底の思想は、今の時代でも十分に通用するものですし、 むしろ今の時代だからこそ、必要とされる思想かもしれません。 ちなみに、ここまででまだ、エミールの大体1/3ぐらいしか解説できていません。 エミールが12歳になると、性についての教育が始まります。 この部分は本書の中でも一番時代のギャップがある内容です。 性についての教育が終わると、市民教育に入ります。 ここで触れられる内容は、ほとんど【社会契約論】と被りますので、 この内容は社会契約論の解説の動画に譲ろうと思います。 本書は、現代の詰め込み型教育、または英才教育に対して 痛烈な皮肉を含んだ内容になっています。 どちらが正解か? これには答えは出せません。 しかし、教育者の立場にある人、 または子供を教育する立場にある親。 これらの人には一度軽くでも読んで欲しいと、心から思える本です。 ちなみに、ルソーは本書の中で 『子供の教育は、その親が人生をかけて行うのが一番の理想である』 と述べています。 昨今では、忙しい社会生活の中で、 子供の教育に時間を裂けない親御さんが数多くいると思います。 ルソーの主張は、当時、同じような状況にあった世の中に向けられたものでしたが、 我々の社会にも深く突き刺さるものだと感じます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー