あなたも社楽人!

社楽の会の運営者によるブログです。社会科に関する情報などを発信します。

西洋哲学史 古代ギリシャ哲学解説【ソクラテス】前編/哲学チャンネル

2021-05-16 06:10:25 | 哲学の窓

哲学チャンネルより 西洋哲学史 古代ギリシャ哲学解説【ソクラテス】前編を紹介します。

ここから https://www.youtube.com/watch?v=s9_qTvbURZI

【オススメ書籍】 ソクラテスの弁明 クリトン (岩波文庫) https://amzn.to/2zVLvJq ・西洋哲学史 古代ギリシャ哲学解説【ソクラテス】後編 https://youtu.be/TQ_uSG-aUm8
 
とっつきづらい哲学や心理学の内容を、出来るだけわかりやすく完結に お伝えすることを目的としたチャンネルです。 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・ソクラテスの生い立ち ソクラテスは哲学の中心地、アテナイに生まれました。 父は彫刻家、母は助産師だったとされています。 生涯において三度も従軍したソクラテスですが、 晩年は倫理や徳を追求する哲学者としての人生を送りました。 ソクラテスの妻は悪妻と名高いクサンティッペですが その面白すぎるエピソードたちは今回の内容には あまり関係がないので割愛させていただきます。 ・デルポイの神託 そんなソクラテスですが、あるきっかけにより 『知』に対する探究の道に進むことになります。 友人であるカイレポンがデルポイのアポロン神殿を訪ね 神にこう尋ねました。 「ソクラテス以上の賢者はいるか?」 すると神の言葉の代弁者である巫女がこう答えます。 「ソクラテス以上の賢者はいない」 その事実を知ったソクラテスは衝撃を受けます。 ソクラテス自身は自分を賢者などとは思っていなかったからです。 そして、その言葉の真偽を確かめるべく、 ソクラテスは『賢者』と呼ばれる様々な人たちに 直接会いにいき、対話を繰り返すことになります。 ・賢者との対話(ソクラテス的アイロニー) ソクラテスははじめに政治家、次に詩人、最後には職人。 とその業界で賢者と称される様々な人物と対話をします。 ソクラテスを語る上で良くエピソードになるのは この辺りの話ですね。 ソクラテス的アイロニーという言葉があります。 これは、あえて無知で愚かな立場を演じることによって、 対話の中で相手の無知を浮き彫りにさせる手法なのですが、 例を挙げるとこんな感じです。 賢者『国のためには〇〇するのが【正しい】!』 ソクラテス「すみません。【正しい】ってなんですか?」 賢者『正しいとはみんなにとって【良い】ことである!』 ソクラテス「すみません。全然わからないんですけど、 【良い】ってなんですか?」 賢者『良いとはなんだって?え?【良い】は【良い】じゃないか。』 ソクラテス「あ、じゃあ【良い】ということについて あなたは説明できないんですね。なるほど〜」 このような形で対話を進めていくことによって 賢者のように見える人物も、物事をしっかりと理解しているわけではない。 ということを指摘することができるようになります。 ソクラテスはこのようにして多くの賢者を言い負かしていきます。 ときにはそれが逆鱗に触れ殴られることもあったそうですが 「ロバに踏みつけられたからといって、訴える人がいるかね」 と暴力を振るう人間を動物扱いして 全く気にしなかったと言います。 ・問答法 このような対話の手法のことを【問答法】と呼びます。 本来は相手を論破して優越感に浸るための方法ではなく、 その対話の結果、相手が自ら真実の知を悟るのを助けるための方法です。 先ほどのように、哲学的な問いを繰り返すことで、 相手の知らない範囲を明確にすることができます。 この問答を繰り返したのちに、その知らない範囲について 改めて考えを深めることで真理に近づこうとするわけですね。 ソクラテスは、賢者としてふんぞり返っている人物には 問答法を攻撃の手段として使い、 未来のある若者には啓蒙のために使ったと言われています。 ・産婆術 ソクラテスの問答法は別名【産婆術】とも呼ばれます。 これはソクラテスが助産師の母を持つことに由来するのですが、 ソクラテス自身が助産師のような姿勢で対話に向き合っていたから このような例えが用いられたのです。 ソクラテスは対話の中で真理を追求したいと考えているわけですが、 それはあくまでも対話の成果物としてであり、 ソクラテスが真理を教え込むといったことはありませんでした。 知識は知識として知っていても何も意味がないため、 当人の内面にある真理と結びついて理解してはじめて意味があると ソクラテスは考えていました。 そのため、ソクラテスの役割はあくまでも 『真理をその人から取り上げ、気づかせる』 ことだったということができます。 真理を胎児だと捉えるとわかりやすいです。 助産師の仕事はあくまでも赤ん坊を取り上げることです。 助産師がいなくても母体で胎児は育ちます。 その人の中に元から備わっていた真理を生み出す手伝いをするのが 産婆術と呼ばれる所以なのです。 ・無知の知 そうして、様々な賢者と対話をしたソクラテスは一つの結論に至ります。 それは『確かに自分よりも賢い人間などいない』ことでした。 賢者と呼ばれる全ての人間は、自分が真理について何も知らないことを 認識できていない。 そのくせ偉そうに踏ん反り返って賢者面をしている。 これはむしろ愚かな姿の最たるものではないのか。 少なくとも自分は『知らないことは知らないと思っている』わけで その点において明確に他の賢者より賢いと言える。 ソクラテスはそう考えたのです。 ちなみに『無知の知』という言葉自体はソクラテスを直接記述する 文献においては使われていない造語です。 そのため、無知の知を説明する際に 『知らないということを知っている』 と表現されることもあるのですが、それは誤用です。 知らないことを知っているという態度は むしろソクラテスが嫌った傲慢なものだと言えるからです。 ソクラテスの対話内容が多く引用されるプラトンの著書においては 「知らないことは知らないと思っている」 と表現されています。 「知らないことを知っている」 とは一回も表現されていません。 例えば正義について考えたときに、 「正義について知らないことを知っている!!」 という姿勢はある意味知らないことを縦にした思考停止であり 真理に対する真摯な態度とは言えません。 一方 「正義について何も知らないと思う」と自覚している状態は、 常に正義について考える姿勢につながるので 真理への探究の原動力になるわけです。 微妙なニュアンスの違いですが、 この違いからソクラテスの真理に対する姿勢が垣間見えると考えています。 ソクラテスはこのような経験から、 賢者ではないものが政治を動かしていることに 大きな危険性を感じました。 そして『人の幸せとは何か?』『善く生きるとは何か?』について考え、 徳倫理学の探究に向かっていくのです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
このブログでの哲学関連サイトは・・・
 

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。