現代人が信じている世界 【新実在論#1】 https://youtu.be/1VDqBjXNKs8
現代人が信じている世界 【新実在論#1】 https://youtu.be/1VDqBjXNKs8
形而上学と構築主義の誤り【新実在論#2】 https://youtu.be/qmORPg71CUY
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動画の書き起こし版 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まずはじめに物理主義と唯物論について簡単に触れます。 物理主義とは『すべての現象は物理学的理論によって説明しうる』という 【認識論】的な立場のことです。 多かれ少なかれ、我々は物理主義的な世界に生きていますので この主張はすんなり受け入れられるのではないでしょうか? 一方、唯物論とは『世界には物質しかない』という 【存在論】的な立場のことです。 前者は認識の可能性について述べているのに対し 後者は存在の事実について述べているため 両者は(厳密には)同一のものではありません。 しかし、物理主義の立場に立つと必然的に唯物論を採用することになります。 仮に『世界には物質以外のものもある』と仮定すると 『物理的ではないのに、物理学の理論で説明できる現象がある』という おかしなことが起きてしまうからです。 そのため、物理主義は必然的に唯物論の立場をとります。 ガブリエルはまず、『世界』と『宇宙』の違いについて検討します。 『宇宙』とは自然科学(特に物理学)の対象領域だと言います。 つまり自然科学で研究しうる事物の総体が宇宙だと言うわけです。 一方で『世界』とは『宇宙』を含めたすべての対象領域の対象領域です。 例えばある人が夢想する現実ではない夢物語はその人独自の対象領域です。 この対象領域は『宇宙』には含まれておらず『世界』に含まれることになります。 (物理学で研究しうる可能性もあるので断言はできないが) また『モナリザ』の芸術的意味は『芸術』という対象領域で語られます。 これを『物理学』という対象領域で語ると インクや紙の材質や摩擦係数が問題になるわけですね。 このように『宇宙』以外にも無限の対象領域が存在していて その対象領域をすべて包摂する対象領域を(それがあるのだとしたら) 『世界』と表現するわけです。 ガブリエルは、科学的世界観において『宇宙』を『世界』と誤認する危険性があると主張します。 物理学はあらゆる場面で正しく、それ以外の理論はすべて間違っている。 このような考えは『物理主義は正しい』『物理主義の対象は世界だ』という前提から導出されます。 仮に物理主義が正しいとしても、それはあくまでも『宇宙』についてであって それ以外の対象領域については何も言えないわけです。 また『宇宙』というスケールは人間を矮小化するとも言います。 物理学が想定する宇宙のスケールは非常に大きく、 ともすれば人間は取るに足らない存在として処理されてしまいます。 そして、その『宇宙観』が『世界』として認識されてしまうと 人間の存在意義が隅に押しやられてしまう。 このような理由から、彼は過度な科学信仰に警鐘を鳴らします。 (とはいえ、科学を否定しているわけではありません。 科学がすべてになるのを否定しているのです。) その上で彼は物理主義の問題点を指摘します。 我々は『想像』という行為を行いますが、想像によって表出する対象は ほとんどまちがいなく物質的ではありません。 しかし当の『想像』を行っているのは(多分)脳です。 物質的である脳が、物質的ではないものと関わるのはなぜでしょうか? 先ほども述べたとおり、物理主義はその性質上唯物論的な立場をとらざるを得ません。 しかし「脳の状態が物質的でないものを対象とする」ことを認めると ある意味物質的でないものを認めていることになるのです。 これでは物理主義の立場に矛盾が生じてしまいます。 仮に想像などの非物質的なものも物質的なものに還元できるとして 「物質的な状態だけが存在する」という唯物論的な主張を守ろうとしても それを証明するのは非常に困難です。 想像されたペガサスはどのように物質的な働きと関連しているのか? このような、対象と思考の精査を全ての事柄について帰納的に行わなければ 「物質的な状態だけが存在する」という主張は証明できないからです。 それは物理的に不可能です。 例えばカーペットにジュースのシミがあるとします。 物理学的にはそのシミは粒子に還元することができると考えます。 そして『カーペットのシミ』と『粒子』の関係性を同定するためには 『カーペットのシミ』の存在を認めなければいけません。 当の存在がなければ関係性そのものが破綻してしまいますからね。 同じことが唯物論にも言えます。 『想像上の存在』を『何らかの物理的活動』に還元できるとしましょう。 すると、『想像上の存在』と『何らかの物理的活動』を同定するためには 『想像上の存在』を認めざるを得ないのです。 つまり『唯物論は、物質的でない表象の存在を否定するためにこそ、当の表象の存在を認めざるを得ない』 このような自己矛盾を抱える物理主義(と唯物論)は 間違っているとガブリエルは主張するのです。 彼の問題提起 1,科学的世界観への信仰 2,構築主義による分断 その前提となる構築主義と物理主義はこうして否定されます。 では、それを超克する新実在論とはどのようなものなのでしょうか? 次回は新実在論の核心に迫りたいと思います。