今日、12月13日は新聞休刊日なので昨日のコラムを紹介します。
・ 好きなもの、関心が続くものは人それぞれ。だが周囲がすんなり納得してくれるとは限らない。ゴリラを描くこと36年。埼玉県の画家阿部知暁(ちさと)さん(64)はゴリラ好きのわけを尋ねられるたび説明に窮してきた
・ 「白玉千箱(しらたまちはこ)ありとも何(いかに)ぞ能(よ)く冷(こごえ)を救はむ」。真珠が千箱あっても寒さをしのぐことはできないと宣化(せんか)天皇が凶作への備えを命じたのは536年とされる。日本書紀に記載されている。奇妙なのは夏に入った旧暦5月だったことだ。なぜ寒さが問題になったのか
▲同じ年、遠く離れた東ローマ帝国の歴史家、プロコピオスは「太陽が月のように輝きを失い、一年中、日食のようだった」と記録した。考えられるのが火山爆発である。大量の火山灰が太陽光を遮り、気温を低下させることは知られている
▲氷河からも同時期の火山灰の痕跡が見つかっているという。アイスランドや北米の火山説もあるが、日本から5000キロ以上離れたインドネシアの火山島クラカタウも有力な候補で535年の爆発説がある
▲この火山はジャカルタ西方のスンダ海峡にあり、1883年の爆発では島の3分の2が消滅して津波被害を含め3万6000人以上が犠牲になった。この時も噴煙が成層圏まで達し、北半球の気温が低下したという
▲日本と同様に火山の多い島国で地震や津波の被害に苦しんできたのがインドネシアである。ジャワ島東部のスメル山では4日の噴火で火砕流が発生し、40人を超える犠牲者が出た。海底火山から噴出した大量の軽石に悩まされる日本にとって人ごとではない
▲桜島を抱える鹿児島市など両国の自治体や研究機関の間では防災などの交流が進んでいる。時に地球規模の被害をもたらす火山災害。今後も協力を重ねていきたい。
・ 小林秀雄に「人形」という短い随筆がある。大阪行きの急行の食堂車で、上品な老夫婦と同席した。妻は大きな人形を抱いている。スープをまず人形の口元に運ぶ。その後、自分の口に入れたのだ。高名な評論家は察した。人形は戦争で失ったわが子の分身なのだろう。
▼夫は妻の所作を穏やかに見守る。こんな振る舞いが、もう長く続いているのだ。遅れて着席した若い女性客も、老夫婦の心情を理解したようだ。奇異なまなざし、余計な言...
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・ 大粛清で恐れられたスターリンの死後、旧ソ連の実権を握ったのはフルシチョフだった。1956年のスターリン批判に、こぼれ話がある。壇上で独裁者の専横をなじるフルシチョフに、聴衆の一人が声を上げた。
▼「そのときあなたは何をしていたのですか?」。声のした方をにらみ、フルシチョフは言った。「いま発言したのは誰か。挙手していただきたい」。手は挙がらない。壇上の人は続けた。「あなたと同じように私も黙っていた」(川崎浹(とおる)著『ロシアのユーモア』)
▼壁に耳があり、鍵穴には目が光る。生きたければ口を閉じるしかないのが、恐怖政治の罪深さである。その咎(とが)を独裁者一人が負うべきかといえば、答えはノーだろう。押し黙った人たちも立派な共犯と言っていい。罪なき民が割を食う構図は、時の古今を問わない。
・ 乱暴で近所中から嫌われていた男が食べたフグの毒にあたって死ぬ。落語の「らくだ」である
▼生前、その振る舞いによほど苦しめられたのだろう。らくだの死を聞いた大家の喜びようがすごい。「えっ、死んだの。そいつはいい塩梅(あんばい)だなあ」「ありがたい。そりゃあたしゃ助かったねえ」「おい、生き返ることはないだろうね」「頭をよくつぶしておかなきゃいけないよ」。らくだが生きていたときは手も足も出なかった大家が急に元気になるのがおかしい
▼「らくだ」の一席を聞いた心持ちになる。田中英寿前理事長の脱税容疑による逮捕などを受けた日大の記者会見である。「田中前理事長と永久に決別し影響力を排除する」「今後は日大の業務に携わることを許さない」。加藤直人新理事長の言葉はなるほど威勢がいい
▼威勢がいい分、ならば、なぜもっと早く、田中前理事長の身勝手なやり方を戒める動きが大学内から出てこなかったかという思いにもなる。逮捕、理事長辞任となった後で田中容疑者に強気な姿勢を示されても聞いている方はため息が出るばかりである
▼前理事長の力がそれほど恐ろしかったのだろうとは想像できるが、大学という学識と探求心の場でそれとは無縁なでたらめな経営を許してしまった。その事実は消えぬ
▼らくだが二度と出現しない具体策を示していただかぬ限り、学生は落ち着くまい。
※ 短めの文章のトレーニングに最適です。