先日のブログで『隻手の音声』という公案を紹介したばかりですが、折角の機会ですので、夏目漱石が円覚寺で参禅したときの有名な公案にもふれたいと思います。夏目漱石(1867-1916)は1894年(明治27)の時、円覚寺塔頭である帰源院に参禅しました。漱石は27歳で大学院に学びながら教師を務めていた頃です。友人菅虎雄の紹介で円覚寺を訪れ、釈宗演老師から公案をいただいています。その様子は漱石の小説『門』に書かれています。
「まあ何から入っても同じであるが」と老師は宗助に向って云った。「父母未生以前本来の面目何だか、それを一つ考えてみたら善かろう」
宗助は父母未生以前という意味がよく分からなかったが、何しろ自分と云うものは畢竟何者だが、その本体を捕まえてみろと云う意味だろうと判断した。
別の日に老師のもとで参禅する様子は『門』のなかに書かれています。その緊張感のある厳粛な雰囲気は、私の拙い文章より余程漱石の文章の方が素晴らしいので、一度、読んでみることをおすすめします。宗助の一言に対し、老師の答えは、
「もっと、ぎろりとした所を持って来なければ駄目だ」と忽ち云われた。「その位な事は少し学問をしたものなら誰でも云える」
宗助は葬家の犬の如く室中を退いた。後に鈴を振る音が烈しく響いた。
『門』のなかには、宗助が云った一言は書かれていませんし、公案の答えもでていません。ただ今回、妙心寺で参禅の真似事を経験してみると、不思議なもので夏目漱石が書いた文章にあるその場の緊張感がよく分ります。ところで、私がいただいた公案『隻手の音声』。答えを出すにも全く考えが及びません。あの漱石だって、すごすごと逃げ帰ったのですから、諦めますか・・・。