中田英寿選手の向上心
彼の活躍を列挙してみる。
・韮崎高校キャプテン
・ベルマーレ平塚(確かデビューから3試合目で初得点)
・ユベントスへの合宿参加
・世界大会4大会全てに出場
(世界ジュニアユース、ユース、オリンピック、W杯)
・98ワールドカップ、世界選抜にて途中から
キャプテンをつける
・ペルージャにてデビュー戦のユーベ戦で2ゴール
・このデビューシーズンで、オーバーヘッドゴール、
ダイレクトボレーなどPKゴールも多いが全10得点。
・ローマへ移籍する。トッティが抜けたときの
セリエAの試合でローマが4得点入れ、
中田選手もモンテッラにアシスト、ゴールもした
試合は忘れられない。
・ペルージャ⇒ローマ、その後パルマ⇒ボローニャ⇒フィオレンティーナ
⇒現ボルトン
・ユニゾンキャピタルから再建するために
東ハトのCEOについた木曽氏
(元マッキンゼー現ユニゾンパートナー)
から東ハトのCBO(最高ブランド責任者)
オファーを受け就任。キャラメルコーンのパッケージデザインなどの製品開発に参加。
・日本代表としても活躍、ベルマーレを支援。
・車、デジカメTVコマーシャル出演、
ミラジョボビッチ(バイオハザードで主演を演じた)とも共演。
・マスコミ報道の無責任さに怒り、直接ファン
とコミュニケーションをとることができるインターネットを活用している。
と広いフィールドで活躍している。
朝日新聞06/3/17日朝刊『W杯へ~主力選手の3ヶ月前』という連載の中田選手の記事を読んで、改めて思うが、彼が他の日本人サッカー選手と比べ活躍している大きな要因として向上心が上げられるのではないか?自分自身の評価基準を確立していて、周囲の意識・評価にとらわれない(スポイルもされない)向上心を持っているということである。
TBSの番組「ZONE」(東山氏じゃなくてぎばちゃん司会の頃)という番組に高校の頃の中田選手が出ていた。当時の高校同級生も出ていてどこかの高校と試合した際、何点も差をつけて勝っていた試合のハーフタイム、周りの選手は普通に余裕をみせて話をしていたらしいが、中田選手一人周囲のプレーに満足できず、「もうお前帰れ!」とすごい顔で怒鳴っていたらしい。このころから世界大会で日本の代表(ユース)としてプレーする経験を有していたので意識が違うのも当然といえるだろうが、それでも明らかに意識の高さが周囲と比べるとずば抜けていた。さらに高校の制服を着てインタビューに答えている場面で、サッカーのポイントについて語っていて「ボールを持っている時間というのは高校だったら80分中、正味2、3分しかボールを持っている時間はないわけだから、ボールを持っていないときの走りでいかに敵の裏を突くか」というのが大切ということを言っていた。高校生でかなり具体的な分析をしていて驚いた。
前記した朝日新聞にも中田選手が高校の頃の時のことが書かれている。読んで一番印象に残ったのがやはり周囲とまったく違う意識の高さである。
引用
「~略~93年冬。韮崎高校が甲府クラブ(現J1甲府)と練習試合をしていた。
寒々しい雲天に響いたのは、高校2年の中田英の断固とした声だった。FWに「今、走り出すんだよ!」と叫びながらパスを出すや否や、DF人には「ラインを上げろ!」と指示を出す。
試合中そんな調子で、ずっとうるさかった。プロと社会人が混在する甲府クラブの選手を含め、中田英がたどり着こうとする目標点は誰よりも高かった。~略~」
引用終わる。
高校生の時(サッカーを始めたときからだろう)から誰よりも高い向上心・意識(なんとしても海外でプレーし結果を出す目標)を持っていたことが、自身と周囲(海外で活躍するプレーヤー)との意識差という違和感を埋め、中田選手自身の成長をドライブさせ、結果を出す原動力となっているのではないかと思う。
自分も常に向上心・高い意識を持って行動の原動力としたい。