最近、考える機会が多いのが、この哲学的な問い。
「生きる」を「活きる」に変えるための手段。
これが今のところの『働く』とは、という
問いに対する答え。
では、「生きる」とは、というと・・・・
「自覚」を持って「選択」すること。
これが今のところの『生きる』とは、という
問いに対する答え。
10年後、20年後、30年後、40年後、50年後も
「活き活き」しながら、「自覚」を持って「選択」したい。
最近、考える機会が多いのが、この哲学的な問い。
「生きる」を「活きる」に変えるための手段。
これが今のところの『働く』とは、という
問いに対する答え。
では、「生きる」とは、というと・・・・
「自覚」を持って「選択」すること。
これが今のところの『生きる』とは、という
問いに対する答え。
10年後、20年後、30年後、40年後、50年後も
「活き活き」しながら、「自覚」を持って「選択」したい。
あるテレビ番組で、教育、医療、官僚の天下りの
問題をテーマに議論するというものがあった。
教育のテーマで、ヤンキー先生義家氏が、議論に
参加していて、
「(子供を)叱れないやつに、褒める資格はない」
ということを言っていて、印象に残る言葉だった。
後から思ったが、正しくはむしろ、
「(子供を)褒めれないやつに、叱る資格はない」
だと思った。言葉遊びだとも思ったが、印象が違って
くる。こっちの方がネガ、ポジのどちらかといえば
ポジだし。
それと、リクルート出身で、現在は校長を
している『よのなか科』で有名な藤原和博氏
がまじめな教師は6割と言い、後ろの席に
座っていた教師が8割と突っ込んでいたが、
藤原氏の校長としての実感レベルでは6割だったんだなと
感じた。4割はまじめに教師をやろうと思っている
訳ではないということで、結構恐ろしい。
大学では食い扶持に困らないように、という理由で
教職課程を受けている人が大半だしね。